第50話「接触」
玲奈の視線が、再び鋭くなり始めていた。
会議中、白嶺の横顔を見る目が、以前より長く、熱を帯びている。嫌味の言葉も、少しずつ戻ってきた。美咲が白嶺に話しかけると、玲奈の口元がわずかに強張る。歪みは、消えていなかった。水面下に沈んでいただけだ。
白嶺はそれを、観察するだけに留めていた。今は止められない。止めても、根本は変わらない。玲奈の内側で何かが育っている。それが色に繋がるのか、単なる嫉妬の延長なのかは、まだ見極められない。
昼休み、白嶺は一人で社内の別フロアへ書類を届けに行った。
エレベーターを降り、静かな廊下を曲がったとき、前から一人の男が歩いてくるのに気づいた。年齢は三十代後半から四十代前半。黒いコートではなく、普通のスーツだ。だが、歩き方に無駄がなく、目が、白嶺を最初から捉えていた。
男は白嶺の前で、自然に立ち止まった。
「虹結・白嶺」
名前を、正確に呼ばれた。加藤ではない。虹結だ。
白嶺は足を止め、相手の手元を見る。腰に、刀の気配はない。だが、帯びている。滅虹か、眩虹か。どちらかだ。
『……何の用』
「残虹の返却と、次の器の引き渡しを、改めて通告に来た。家は、すでに手を打っている」
声は低く、感情がなかった。手練れの声だ。監視の男とは違う。直接、話を通すために来た人間だ。
『断る』
「想定通りだ。だが、長くは持たない。刀は家のものだ。娘も、家の血を継いでいる。お前一人で、どこまで守れる」
白嶺は答えなかった。男はそれ以上踏み込みもせず、軽く頭を下げた。
「次は、言葉では済まない。覚悟しておけ」
男は廊下の向こうへ歩き去る。白嶺は後ろ姿を見送らなかった。手元が、わずかに冷たい。残虹は、会社にはない。家にある。だが、相手はそれを知っているはずだ。
(……来たか)
手練れが、直接接触してきた。監視の段階は、終わった。次は、刀を交える可能性が出てくる。
白嶺は書類を抱え直し、自分のフロアへ戻る。表情には、何も出さない。美咲が「どうかしましたか?」と聞いてきても、『何でもない』とだけ返した。
玲奈が、遠くからこちらを見ていた。目が、合った。玲奈はすぐに視線を逸らす。だが、その目に宿っていた熱は、昨日よりはっきりしていた。
白嶺は席に着き、画面を開いた。
家の手練れが動き、玲奈の歪みが再燃している。どちらも、静かに、しかし確実に、次の段階へ入ろうとしていた。




