第48話「残るもの、残すもの」
青い静けさは、三日目でかなり薄れていた。
朝の動作は、ほぼ元に戻っている。彩華を抱き上げたときの遅れもない。胸の奥に小さな空洞のようなものが残っているが、以前の緑の根や黄の甘さに比べれば、扱いやすい。
会社では、玲奈が再び少しだけ視線を強くしてきた。昨日までの静けさは続きそうにない。白嶺はそれを、今は観察するだけに留めた。歪みは消えていない。再燃のタイミングを、測っているようにも見える。
退勤後、白嶺は彩華を迎えに行き、いつもの道を選ばなかった。監視の気配は直接感じないが、油断はできない。家は、すでに動いている。次の接触が、いつ来てもおかしくない。
帰宅後、白嶺は彩華を寝かしつけ、クローゼットの前に立った。
引き出しの鍵を開け、残虹を取り出す。鞘のまま、手のひらで支える。冷たい。重い。家に返すつもりは、最初からなかった。だが、家が本気で「返却」を求めてくるなら、この刀の置き場所も、扱いも、考え直す必要が出てくる。
白嶺は残虹を膝に置いたまま、しばらく動かなかった。
家紋の包み。黒いコートの男。公園での気配。
どれも、刀と娘を返せ、という通告の延長にある。
白嶺は鞘に指を走らせ、小さく息を吐いた。
次に家が動くとき、残虹は「隠す」だけでは済まなくなるかもしれない。使うか、守るか、あるいは——。
考えの先を、白嶺は一旦閉じた。
今夜は、ここまでだ。
残虹を引き出しに戻し、鍵をかける。
窓の外に、薄い月が出ている。色の気配は遠い。家の影は、近い。
白嶺は電気を消し、布団に入った。
刀の冷たい感触が、指先にまだ残っていた。




