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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第46話「静かな青」

川沿いの遊歩道は、夜になると人がほとんどいなくなる。

白嶺は残虹を携えたまま、水音のする方へ歩いた。青の気配は、水面から立ち上がるように濃くなっていた。月明かりが波に砕ける。冷たくて、深い。

橋のたもとに、一人の女性が立っていた。

長い青みがかった髪を下ろし、薄い色のドレスを着ている。手のひらに、小さな水の輪を浮かべている。表情は穏やかで、誰かを慈しむように微笑んでいた。

白嶺が近づくと、女性が顔を上げた。目が合った瞬間、その瞳が深い青に沈んでいるのがわかった。

「……器。来てくれたのですね」

声は優しく、水のように滑らかだった。語尾が、ほんの少し丁寧に落ちる。

『アオシズ』

「はい。悲しみを、引き受けているのです。痛みを、溶かしているのです。あなたも、抱えているのでしょう? 娘を守るための、重たいもの。少しだけ、私に預けてみてはいただけませんか」

水面が、ゆっくりと歪む。女性の影が水底に伸び、別の形が浮かび上がる。大きく裂けた口。虚ろな目。無数の手が、水の中から白嶺の方へ伸びようとしていた。

アオシズの本体だ。

『いらない。自分で抱える』

「意地を張らなくても、いいのですよ。私は、ただ静にしてあげたいだけなのですから」

水の腕が、音もなく伸びてくる。熱はない。触れたものを、静かに沈めていく感触だけがある。白嶺は横に体をさばき、残虹の切っ先でそれを断った。水しぶきが散り、すぐに夜に溶ける。

『……静かすぎて、かえって気持ち悪い』

「そう、ですか。私は、救っているつもりだったのですが」

アオシズは残念そうに目を細めたまま、次の腕を複数伸ばしてきた。白嶺は身を低くし、刀を構える。浅い斬撃で軌道を削り、間合いを詰める。水の感触が、刃を通して手元に伝わってくる。冷たい。

決着をつけるなら、今だ。

白嶺は残虹を正眼に構えた。刃の先から、虹の光が静かに溢れ始める。

【 花無垢 】

刀身を中心に、虹色のオーラが広がった。

アオシズの水の影が、外側から光に溶けるように崩れていく。水面が激しく波打ち、女性の身体がゆっくりと膝をつく。

「……また、封じるのですね。静けさは、悪くないのに」

『静けさのあとに、何も残らないなら、いらない』

光が収束する。

アオシズの気配が、消えた。

女性は橋のたもとに倒れ、浅い息を繰り返していた。取り憑かれていたものは、もうない。白嶺は近づいて状態を確認し、匿名で救急を呼んだ。

その直後だった。

冷たい静けさが、胸の奥に流れ込んでくる。

誰かの悲しみ。誰かの痛み。引き受けられ、溶かされ、最終的に何も感じなくなるための青。それが、白嶺の内側に、静かに沈殿していく。

怒りも、焦りも、ふと遠くなる。

楽だ、と思う。思った瞬間に、白嶺は自分の頬を軽くつねった。感覚を、残すために。

『……帰らないと』

彩華が、待っている。

その一点だけを、白嶺は手放さずにいた。

夜の遊歩道を、虹色の髪を下ろした女が、静かに歩いていく。

青い静けさは、まだ彼女の中に、心地よい温度で残っていた。

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