第45話「青い兆し」
玲奈の熱は、翌日から急に落ち着いた。
朝の挨拶も、仕事のやり取りも、以前の距離感に戻っている。嫌味は続くが、昨日のような尖った言葉は出てこない。美咲が安堵したように肩の力を抜いているのが、白嶺にはわかった。玲奈自身も、自分の中で何かが一段落したような顔をしていた。
白嶺はそれを、深くは追わなかった。
歪みは消えたわけではない。ただ、今は水面下に沈んでいる。いつ再燃してもおかしくない。それでも、今日は静かだった。
退勤後、白嶺は彩華を迎えに行く途中で、足を止めた。
信号待ちの人混みの中で、空気の質が変わった。熱ではない。沈みでも、甘さでも、緑の根でもない。冷たくて、深くて、静かな青が、街の隙間から滲み出している。
胸の奥が、小さく反応する。
昨日まで遠かった気配が、今日は急に近い。名前を呼ぶまでもない。身体が、先に理解していた。
(……青)
白嶺は彩華を抱き直し、歩を速めた。保育園の入り口で娘を受け取り、いつもより早く帰宅する。夕食を済ませ、入浴させ、寝かしつける。手順を終える頃には、外はすでに完全な夜だった。
青の気配は、引いていない。むしろ、濃くなっている。
白嶺はクローゼットを開け、黒い着物に袖を通した。残虹を帯び、鏡の前で髪が虹色に変わるのを確認する。彩華の部屋のドアに耳を近づけ、規則正しい寝息を聞いた。
鍵を開け、外に出る。
冷たい風が、顔に当たった。青い気配は、駅の反対側、川の方から流れてきていた。
白嶺は残虹の柄に手を添え、静かに歩き出した。
今夜は、逢う。




