第43話「歪みの芽」
中村玲奈は、最近、自分が少しだけ嫌いになり始めていた。
加藤白嶺を見るたびに、胸の奥がざわつく。前から嫌いだった。余裕ぶって、チヤホヤされて、何もしていないように見えて評価される女。それが、最近は以前より鮮明に、熱を帯びて意識に上ってくる。
美咲があの女に懐いているのも、腹立たしい。
自分がどれだけ仕事を丁寧にやっても、加藤の「普通にこなしている」姿の方が上に見える。努力が、報われない。そう思うたびに、舌の上に苦いものが残る。
昼休み、玲奈は給湯室で美咲と二人になった。美咲は加藤の話を、また始めようとしていた。
「加藤さん、昨日も遅くまで残ってたみたいで……」
「いい加減にしたら?」
美咲が目を丸くする。玲奈は自分でも、声が尖っているのがわかった。
「あなた、加藤さんのことばかり。いい加減、自分の仕事に集中したらどうなの。ああいう人に懐いたって、何も残らないわよ」
「……中村さん」
「私は、ちゃんとやってる。あなたより、よっぽど。なのに、なぜかあの人ばかり」
言いすぎた、と後から思う。だが、口から出た言葉は、自分の中の何かが後押ししたように滑らかだった。美咲は何も言い返さず、麦茶を持って給湯室を出ていく。玲奈は一人残され、蛇口を強く捻った。
(……何で、あんな言い方したんだろ)
自分でも、違和感があった。嫌っているのは事実だ。だが、今日の自分は、嫌っている以上の熱で動いていた。鏡に映った自分の目が、わずかに遠く見える気がした。気のせいか。
玲奈は顔を上げず、水を手に受けた。
胸の奥で、何かが小さく、理想の形を囁いている気がした。自分が「こうなりたかった」もの、手が届かなかったもの。それが、加藤白嶺の顔をして、ちらつく。
玲奈は水を切り、給湯室を出た。
違和感は、まだ消えていなかった。
同じ頃、白嶺は自分の席で書類を処理していた。
玲奈の視線が、時折刺さるように向いてくる。以前より、熱が強い。嫉妬の延長だと思っていたが、今日は少し違う。色の気配ではない。だが、人の感情が、どこかで歪み始めている感触があった。
白嶺は深くは追わなかった。
家の影が、まだ優先だった。次の色も、いずれ来る。玲奈の熱まで、今は手を回しきれない。
それでも、胸の奥の緑の空洞が、ごく小さく反応した気がした。
白嶺は画面に目を戻し、次の数字を確認した。




