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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第42話「聞こえてきたもの」

白嶺が給湯室の一件を知ったのは、翌日の午前中だった。

美咲が、少し迷った様子で席に近づいてきた。

「加藤さん、昨日の夕方……給湯室の前で、藤原さんが先輩たちに強く言ってたみたいです。加藤さんの話で」

『……そう』

「下品なことを言われて、藤原さんが怒った、って。私も詳しくは聞いてないんですけど」

白嶺は画面から顔を上げなかった。指先で書類の端を揃える。悠人が、自分のことで声を上げた。下心の話を、止めに入った。その事実だけが、淡く残る。

『気にしなくていいわ。藤原さんも、相手も』

「でも……」

『美咲さんも、深入りしなくていい』

美咲は何か言いかけて、口を閉じた。白嶺の声が、いつものように静かで、拒絶というほどではないが、追わないでほしいという温度を含んでいた。美咲は「はい」と短く返事をして、席に戻る。

白嶺は画面に目を戻した。

悠人の行動は、予想外だった。下心で語られる自分を、聞けなかったらしい。白嶺はそれを、ありがたいとも、迷惑とも、まだ分類していなかった。ただ、胸の奥の緑の空洞の中に、別の小さな温度が残った気がした。

(……余計なことを)

そう思いつつも、完全に否定する気にはならなかった。


退勤後、白嶺はルートを変えて保育園へ向かった。

家の監視の気配は、今日は直接感じない。だが、見られていない保証はない。残虹は引き出しの中にある。彩華を抱き上げたとき、娘の小さな手が髪に絡む。白嶺はその感触を、意識して受け止めた。

次の色の気配は、まだ遠い。

家の影は、近い。

悠人の視線も、どこかで続いている。

白嶺は娘を抱いたまま、夜の入口へ歩いた。

どれも、今は手放せない。手放さないまま、彼女は今日を終えることにした。

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