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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第38話「根と影」

スイガロの蔓が、最初に動いた。

地面を這うように伸び、白嶺の足元を絡め取ろうとする。白嶺は一歩後ろへ下がり、残虹の切っ先でそれを断った。切れた蔓から、緑の汁ではなく、薄い記憶の残像のようなものが立ちのぼる。誰かの笑顔、誰かの別れの言葉。すぐに散って消える。

「見て、器。あなたが手放したものも、こうして残っているのよ」

スイガロの声は、木々の間から降ってくる。穏やかで、否定しにくい温度だ。

『私は、残したいものだけ残す。あなたに預けるつもりはない』

「強情ね。でも、根はもう張っているわ」

複数の蔓が同時に襲ってくる。白嶺は【 薄斬 】で軌道を削り、間合いを詰めた。浅い斬撃では決定打にならない。それでも、相手の形を少しずつ崩していく。

そのときだった。

白嶺の感覚が、戦闘とは別の方向に反応した。公園の入口付近、街灯の影に、人の気配がある。動いていない。こちらを見ている。家の監視だ。前回の男とは限らない。だが、虹結の匂いがする。

(……今、ここに)

スイガロが付け入る隙を与えないよう、白嶺は意識を戻す。残虹を正眼に構えた。刃の先から、虹の光が静かに溢れ始める。

【 花無垢 】

刀身を中心に、虹色のオーラが広がった。

スイガロの大きな影が、外側から溶けるように崩れていく。蔓が枯れ、写真のようなものが光に飲まれる。

「……また、封じるの。記憶は、消えないのに」

『消さなくていい。私の中に、置いておけばいい』

光が収束する。

スイガロの気配が、消えた。

代わりに、木の根元に女性が倒れ込んでいた。呼吸はある。取り憑かれていたものは、もうない。白嶺は近づいて状態を確認する。問題はなさそうだった。

その直後、緑のものが胸の奥に流れ込んでくる。

美化された過去。捨てきれなかった未練。誰かが「もう一度だけ」と願った記憶の芽。それが、白嶺の内側で小さく根を張ろうとする。

白嶺は歯を食いしばり、その場に立ったまま耐えた。膝はつかない。ただ、視界の端が、少しだけ遠くなる。

公園の入口の気配は、もうなかった。監視の者は、戦闘の結末を見て、退いたのか。それとも、まだ近くにいるのか。

白嶺は残虹を腰に戻し、女性から離れた。救急を呼ぶ余裕は、今夜はない。家の影が動いている以上、長居はできない。

来た道を戻る。緑の侵食が、足元に小さな根を伸ばそうとする感触がある。白嶺はそれを踏みつけるようにして、夜の道を歩いた。

彩華が、待っている。

家の影も、色の根も、どちらも、娘の元には届かせない。

その一点だけを、白嶺は手放さずにいた。

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