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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第30話「家紋」

退勤後、白嶺はいつも通り駅へ向かう道を歩いていた。

人通りは多い。会社帰りのスーツ、買い物袋を下げた人たち。白嶺は彩華を迎えに行く時間を逆算しながら、足を進める。黄の侵食はもうほとんど残っていない。次の色の気配も、今夜は遠かった。

駅の改札が見えてきたあたりで、白嶺の足が止まった。

ベンチに、小さな包みが置いてあった。誰かが忘れたもののようにも見える。だが、白嶺の視線は、その包みの表面に縫い付けられた刺繍から離れなかった。

虹結の家紋だ。

小さく、しかし確かに、古い家の印がそこにあった。白嶺は周囲を一瞬で確認する。誰も、こちらを見ていない。包みの前に立ち、指先でそれを取り上げた。中は軽い。布を一枚捲ると、薄い紙が入っていた。

『次の器は、すでに選定されている。

返却を求める。残虹も、娘も。

——虹結』

文字は、機械的で、感情がなかった。

白嶺は紙を折り畳み、包みごと自分の鞄に仕舞った。顔には、何も出さない。

(……来たか)

胸の奥で、赤い熱でも橙の沈みでもない、別の種類の緊張が走った。家が、本格的に動き始めた。電話の着信を拒否し続けた先に、今度は直接、形あるものが届いた。

白嶺は改札を通り、電車に乗る。窓に映る自分の顔は、いつもの白髪の女のままだった。

彩華を、渡すつもりはなかった。残虹も、返すつもりはなかった。

それでも、家が本気で動くなら、これまでの「逃げる」だけのやり方では足りなくなる。

保育園の入り口で、彩華が手を振っているのが見えた。

白嶺は鞄の中の包みの感触を意識しながら、娘の元へ歩いていった。

『……ただいま』

短く声をかけて、彩華を抱き上げる。

娘は何も知らない顔で、白嶺の髪に手を伸ばした。

家の影は、もうすぐそこまで来ていた。

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