第26話「甘い代償」
ミツガミの光の腕は、切れてもすぐにまた伸びてきた。
白嶺は【 薄斬 】で軌道を削りながら、少しずつ距離を詰める。浅い斬撃では決定打にならない。だが、光の密度が確実に落ちているのがわかった。甘い匂いが、次第に薄れていく。
「まだ、そんなやり方なの? 器さん」
ミツガミの声は、子供の口から出ているとは思えないほど、落ち着いていた。
『あなたこそ、いつまで子供の顔で話すの』
「この子は、温もりが多かったから。借りているだけよ」
白嶺はそれ以上言葉を返さず、残虹を正眼に構えた。刃の先から、虹の光が静かに溢れ始める。
【 花無垢 】
刀身を中心に、虹色のオーラが広がった。
ミツガミの形が、外側から溶けるように崩れていく。少女の身体が、ゆっくりとベンチに沈む。
「……嫌だ。まだ、足りない」
『もう、終わりよ』
「優しさは、いつか足りなくなる。あなたが守っているものも、例外じゃないわ」
『それでも、今は足りてる』
光が収束する。
ミツガミの気配が、完全に消えた。
ベンチに残された少女は、浅い息を繰り返していた。意識はない。だが、取り憑かれていたものはもうない。白嶺は近づいて、脈を確認する。問題はなさそうだった。
その直後だった。
甘いものが、胸の奥に流れ込んでくる。
誰かが差し出した優しさ。誰かが求めた温もり。集められ、搾取され、それでもまだ欲しがられていた感情の残滓。それが、一気に白嶺の内側へ崩れ込んできた。
残虹を腰に戻す動作が、いつもより遅れた。刃が鞘に収まるまで、一拍置かれる。白嶺は顔を上げず、そのまま数秒間、動かなかった。足元が、わずかに浮いているような感覚がある。地に足がついていない。
『……早く、帰らないと』
少女をこのままにはしておけない。白嶺は携帯電話で救急を呼び、匿名で場所を伝えた。到着まで待つ余裕はない。彩華が、家で一人だ。
白嶺は着物のまま、来た道を戻る。
甘い侵食は、赤の熱とも橙の沈みとも違っていた。優しくて、まとわりついて、離れるのを嫌がるような感触だ。
家に着き、鍵を開け、彩華の部屋を確認する。娘は変わらず眠っていた。白嶺はそこで、ようやく肩の力を抜いた。
『……ただいま』
誰にも届かない声だった。
甘い残り香が、まだ胸の奥で、ゆっくりと動いている。




