第23話「残った熱」
美咲は帰宅してから、ずっとぼーっとしていた。
靴を揃える手も、顔を洗う動作も、どこか機械的だ。頭の中では、加藤さんの声と、薄いキャミソールの感触と、「ちゃんと見てるから」という言葉が、繰り返し再生されている。
(見られてる……)
布団に入っても、すぐには眠れなかった。
嬉しいのか、恥ずかしいのか、胸が熱いのか、自分でも整理がつかない。ただ、以前より明確に、加藤白嶺という人を「好き」だと思っていることだけは、わかった。
月曜日。
会社に着いた美咲は、いつもより早く白嶺の席の方を見てしまった。白嶺はすでに仕事を始めていて、画面に向かっている。美咲は「おはようございます」と声をかけ、白嶺が『おはよう』と短く返してくれただけで、また顔が熱くなった。
(だめだ。意識しすぎ)
自分に言い聞かせても、視線が自然と白嶺に寄ってしまう。玲奈がそれを横目で見て、小さく鼻を鳴らした気がした。美咲は慌てて自分の席に戻った。
白嶺は、特に何も言わなかった。
美咲の態度が少し変わっていることには気づいていたが、それを指摘する必要はないと判断した。週末の訪問は、すでに過去のことになっている。
退勤後、白嶺は彩華を迎えに行き、いつも通りの夜を過ごした。
離乳食を作り、入浴させ、寝かしつける。一連の動作が終わる頃には、外は暗くなっていた。
白嶺は窓の前に立ち、外を見た。
月は薄い。色の気配は、まだはっきりしない。だが、週末よりは近くなっている。黄か、緑か。名前を呼ぶには、もう少しだけ早い。
残虹の包みに手を伸ばし、重みを確かめてから、手を離す。
今はまだ、動かない。
白嶺は電気を消し、布団に入った。
美咲の赤い顔が、一瞬だけ脳裏をよぎった。悪くない訪問だった、とだけ思って、彼女は目を閉じた。
次の色が来るまで、まだ時間がある。
その時間を、白嶺は娘と一緒に、静かに使うことにした。




