第21話「ドアの向こう」
土曜日の午後、美咲は住所を確認しながらマンションの階段を上がっていた。
焼き菓子の袋を両手で持っている。早すぎず、遅すぎない時間を選んだつもりだった。呼び鈴の前で一度息を整え、指を伸ばす。
チーン、と短い音がした。
数秒後、ドアが開く。
そこに立っていたのは、会社では見たことのない加藤白嶺だった。
薄いグレーのキャミソールに、ピンクのレースの下着。髪はお団子に纏められ、素足だった。肌の露出が多く、いつものスーツ姿との落差が激しすぎた。
美咲の思考が、一瞬で止まった。
「——っ……!?」
声にならない声が漏れる。顔から耳まで、一気に熱くなった。
「か、か、加藤さん……!? その、その格好は……!?」
白嶺は首を傾げただけだった。
『家だとこうしてるわ。別に変?』
「変ですっ! というか、普通は、もっと……! も、もっとちゃんと……!!」
美咲は自分の声が裏返っているのを自覚しながらも、言葉が出てくる。視線を逸らそうとして、部屋の奥に目をやった瞬間、さらに固まった。
小さなベビーベッド。
床に散らばった玩具。
そして、そこに確かにいる「子ども」の気配。
「……え」
美咲の声が、今度は本当に小さくなった。
「加藤さん……お子さん、いるんですか……?」
白嶺は平然と、抱いていたブランケットの端を整えた。
『ええ。彩華。今、寝たところ』
美咲は口を開いたまま、何も言えなくなった。
顔は真っ赤なまま、頭の中が真っ白になっている。
(かっ、かっこいいのに、綺麗なのに、仕事もできるのに……子供までいて、家ではこんな格好で……)
心臓がうるさい。
自分でも理由がよくわからないまま、美咲はただ、赤くなった顔を下げた。
白嶺はドアを少し広く開けて、短く言った。
『上がる? 長くはできないけど』
美咲は何度か口をパクパクさせてから、小さく頷いた。
焼き菓子の袋を胸の前で握りしめながら、彼女は恐る恐る部屋に足を踏み入れた。




