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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第19話「交差」

橙の沈みは、完全に引いていた。

朝、白嶺は彩華を抱き上げながら、久しぶりに肩の力が抜けているのを感じた。世界の輪郭が、はっきりしている。思考の底に沈んでいた布のようなものが、もうない。

『おはよう』

彩華は小さく声を返さないが、白嶺の顔を見て手を伸ばしてきた。白嶺はその手を受け止めて、今日は少しだけ口の端を上げた。

会社では、美咲が朝から元気だった。

「加藤さん、おはようございます! 今日は調子良さそうですね」

『そう見える?』

「はい。なんか、安心します」

白嶺は短く「ありがとう」と返して、自分の席に向かった。美咲の明るさが、今日は耳に優しく届く。


退勤後、白嶺は寄り道をした。

スーパーに寄る途中、駅前のカフェの前を通る。ガラス越しに、店内が見えた。

角の席に、藤原悠人が座っていた。

向かい側には、会社で「美人で通っている」女子社員がいる。営業部の誰かだ。名前は、正確には覚えていない。長い髪を纏めて、笑顔で話している。悠人も、いつもの会社での表情より少しだけ柔らかい顔をしていた。

白嶺は足を止めなかった。

ただ、ガラス越しに、悠人の視線がこちらへ向いた。目が、合った。

白嶺は軽く会釈をして、そのまま歩き去る。

振り返らない。何も感じない、わけではなかった。ただ、それを手に取る必要はないと判断した。

(……私的な時間ね)

心の中で短く整理して、白嶺はスーパーの方へ向かった。

彩華の離乳食の材料を買い、保育園へ急ぐ。日常は、変わらない。


夜。

彩華を寝かしつけたあと、白嶺は窓の外を見た。

月は薄い。色の気配は、まだ遠かった。

それでも、次が来ることはわかっている。

黄か、緑か。名前はまだ呼ばない。呼ばなくても、身体のどこかが、すでに備え始めている。

白嶺は残虹の包みに手を触れた。抜かない。確認するだけだ。

『……まだ』

自分に言い聞かせ、包みから手を離す。

ガラス越しに見た悠人の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎった。

白嶺はそれを、夜の風と一緒に外へ出した。

今夜は、眠る。

次の色が来るまで、まだ時間がある。

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