表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
105/106

第105話「月が二つ」

色が終わり、家が退いてから、しばらくが経っていた。

ある朝、白嶺は無月に向かって、当たり前のように言った。

『仕事、探せ。ここは安全になった。ここに住むなら自分の食い扶持は、自分で稼げ』

無月は湯飲みを持ったまま、固まった。

「……は?」

『うちの会社に欠員が出る。紹介する。断りは、認めない』

「私は、白嶺様の——」

『盾は、夜でいい。昼は、働け。刀を取り戻したなら、普通に生きろ』

無月は反論の言葉をいくつか喉まで持ってきて、全部飲み込んだ。白嶺の目は、欠けたままの、しかし本気の目だった。取引でも、命令でもない。逃げ道を塞いだ提案だった。

「……名字が、ありません。分家の名は、出せません」

『適当につける。今日から、月村でいい』

無月の眉が、ぴくりと動いた。

「……月村、無月、ですか。月が、二つもあります」

『気がついたか。気に入らないなら、自分で考えろ。ただし、明日の書類には間に合わせろ』

「……月村、で、構いません」

白嶺は短く頷き、続けた。声は低い。欠けているのに、芯がある。

『契約は、ここで終わりだ。取引も、役割も、今日まで。これからは、対等だ。お前の人生を、自分で歩け』

無月は湯飲みを置き、白嶺の顔を見た。盾であれ、手練れであれ、分家の失敗作であれ、そういった枠を、白嶺が外そうとしている。彩華が「あー」と声を上げる。無月はその頭を、習慣で撫でた。

「……わかりました。月村、で。人生も、自分で」

『よし。初出勤は来週。服は、あたしのスーツを貸してやる』

白嶺はそれだけ言って、支度を続けた。無月は自分の新しい名字を、心の中で何度か繰り返した。月村無月。月が二つ。奇妙だった。それでも、居場所が、また一つ増える感覚があった。契約が終わり、対等だと言われた朝の感触が、薄く胸に残った。


初出勤の朝、無月はスーツに袖を通した。高身長の白嶺に合わせて作られているスーツをきた自分の姿が、少し不格好に見えた。

刀はない。眩虹は家に置いてある。白嶺と別々に出社し、受付で手続きを終え、配属先のフロアに案内される。白嶺の部署とは違う。それでも、同じ建物の空気が、無月の肩を少しだけ硬くした。

廊下で、美咲とすれ違った。

目が、合う。

美咲は、この女を知っている。白嶺の家で、生い立ちを語り、「心に寄り添って」と託した女だ。無月も、美咲を知っている。白嶺の心の側にいると、自分が認めた女だ。二人は、立ち止まらない。会釈もしない。ただ、目だけで、短い会話をした。

——加藤さんを、よろしく。

——そちらも、頼む。

目を逸らす。美咲は自分のフロアへ、無月は案内された席へ向かう。言葉は交わしていない。なのに、通じ合った感触だけが、残った。白嶺の身体の盾と、心の側にいる女が、同じ建物の中に立った朝だった。

無月は席に着き、画面を開いた。刀より、よほど勝手がわからない。それでも、白嶺が「働け」と言い、「対等だ」と言った。なら、働く。夜は、家に帰る。彩華がいて、白嶺がいて、欠けたままの日常がある。

月村無月は、そうして、普通の会社員の一日を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ