第18話
「あ、起きた?」
目覚めると、ニルマの声が聞こえてきた。
どうやら、あまりにも暇で机に突っ伏したまま眠っていたらしい。
セシリアは慌てて上体を起こした。
机の向かい側に神官服姿のニルマと、いつもの格好のザマーが座っていた。
ネルズファーは小型犬の姿で、ニルマたちの足下に寝転んでいる。
「すみません! 寝てしまって!」
「別にいいよ。そっちはそっちで忙しかっただろうし。礼拝とか眠くなっちゃうよね!」
「聖女がその言い草はどうなんだと思いますし、そもそも主催する側は寝てられませんよ?」
ザマーが呆れたように言う。いつもの光景にセシリアはほっとした。
――あれ? なんでほっとしてるんでしょう?
怖い夢を見ていたような気がしたが、その内容は思い出せなかった。
「いえ、その、結局礼拝はしなかったので忙しくはなかったのですが……」
「え? もしかして信徒さん辞めちゃった!?」
「はい……力及ばず……」
「まぁ……現状じゃ仕方ないのかぁ」
「ニルマさんの方は、聖導経典は見つかったんですか?」
聞く前からわかるようなものだが、見つかって喜んでいるという雰囲気ではまったくなかった。
「だめ。手がかりすらなし」
「それなんですけどね。鎖を巻いて重しを付けて海に沈めたということなんですが、その鎖ってただの鎖なんでしょうか」
「うん。そこらへんにあったやつ」
「だとすると、五千年も持つかは疑問ですし、鎖が崩壊して浮上したということは考えられないでしょうか?」
言われてみればその通りで、海の底に沈んだままとはセシリアにも思えなかった。
「となるとやっぱり地上にある? あいつ私のまわりをふわふわ浮いてたし、海上に出たなら好きなところに飛んでいけるような……ねえ。本が飛んできたみたいな伝説残ってない? あいつならまずマズルカ教に行くと思うんだけど」
「本ですか? そのような逸話は聖典に載っていませんね」
セシリアはマズルカ教に関しての伝説なら一通り覚えている。
だが、本が飛んでくるような伝説を見聞きした記憶はなかった。
「では、この地方に残されている資料の類いを当たってみるのはどうですか?」
ザマーが提案した。このあたりの海から出てきたのなら、目撃例があるかもと思ったのだろう。
「てかさぁ! そーゆーのは海に潜る前に思いつこうよ!」
「ニルマ様、海だ水着だ! ってはしゃいじゃって行く気まんまんだったじゃないですか!」
「まあ、結果オーライじゃん! ダンジョン一つ潰してきたんだしさ!」
そう言って、ニルマは直径30センチほどもある球を机の上に置いた。
ひびの入っているそれはポータルコアだろう。
「どういうことですか!?」
「いやね。海底の遺跡がダンジョンになっててさ。色々あってダンジョンが崩れて、それにまきこまれてポータルが潰れたみたいなのよ。今回は棚ぼただったね」
「そんなこともあるんですね……」
ニルマは簡単に言うが、ダンジョンが潰れてしまうなど尋常なことではない。
またもや無茶なことをしでかしたに違いないとセシリアは確信していた。
「で、話は戻るけど資料探しね。海に闇雲に潜るよりはましだけど……地上にいるなら私の気配に気づいて向こうからやってきたりしないのかな」
「……海に沈められるような目にあった上でニルマ様に会いに来るかというと……僕なら二度と会いたくないですね」
自分に置き換えて考えているのだろう。ザマーの意見は否定的なものだった。
「会いに来たと言えば聖女について聞きに来た方がおられたのですが」
セシリアは寝てしまう前のことを思い出した。
少年が一人、セシリアの話を聞きにやってきたのだ。
「それって私について聞きに来たってこと?」
「ニルマさんの名前も出てきたんですが、マズルカ教の聖女全般についてのことでしたね。特級冒険者のヴェルナーさんという方なんですが」
「え!?」
ニルマがあっけにとられた顔をして、セシリアは驚いた。
ここまで大げさに反応されるとは思っていなかったのだ。
「それっていつのこと?」
「あれ? こんなに私寝てたんですね……えーとお昼頃でしょうか」
セシリアが部屋の壁にかかっている時計を確認すると15時だった。
礼拝は午前中の予定だったので、結構な時間を寝て過ごしていたようだ。
「あいつずっと海底にいたっぽいのにどういうこと? あの状態で生きてて、しかもダンジョンの崩壊から逃げ出したとは思えないんだけど……」
「あの、それはまさかヴェルナーさんが海底にいたということですか?」
「うん。特級冒険者のヴェルナーって名乗るやつがいたのは確か」
「それで、海底のヴェルナーさんとはどうなったんですか?」
「いきなり爆発して死んだ」
「なんでですか!? もしやニルマさんが……」
「違う違う! 私はまだなんにもしてなかったのに、勝手に爆発して死んだんだよ!」
そう言われても、セシリアにはまるで意味がわからなかった。
「タイミングによってはニルマ様が手を下してた気はしますけどね」
ザマーが混ぜ返すように言う。
ということは、やはり戦いになるような状況だったのかもしれなかった。
「まあ、所詮は自称だし偽物だったのかもしれないけど」
「そう言われると、私が会ったのが本当にヴェルナーさんかはわからないですね……見た目は雑誌で見たのと同じ感じだったのですが」
「特級って雑誌に載るんだ。じゃあ帰ったらそれ見せてよ」
そう言ってニルマは立ち上がった。
「資料探しならしばらくこっちに宿とって探したほうがいいのかもしれないけど、今回は日帰りの予定だったしね」
「あ、そうですね。早くしないと日が暮れてしまいます」
思っていたよりも時間が経ってしまっている。
セシリアも慌てて帰宅の準備を始めるのだった。
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ニルマたちの推測通り、聖導経典はとっくの昔に解放されていた。
そして、当然のようにやさぐれていた。




