第17話
「どうぞ、こちらに!」
放っておくとそのまま立っていそうだったので、セシリアは慌ててミクルマに着席を促した。
ミクルマは礼を言い、机を挟んでセシリアの向かい側に座った。
「本当にすみません。急にお邪魔しちゃいまして。あ、ここには個人的に来ただけですので、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
ミクルマは気さくに話しかけてきたが、そう言われても緊張せざるを得なかった。
相手は、ただ巨大な宗教のナンバー2というだけではない。
宗教国家であるユニティ聖教国においても相応の地位にあるのだ。
「あ……その……どういったご用件でしょうか。何かの間違いということは……」
「マズルカ教ドーズ管区のセシリア様で間違いないですよね。今日は教会のないこの街に礼拝のためにやってこられたと伺っております」
「はい。その通りではあるんですが、イグルド教のミクルマ様がここにこられる理由がまったく想像できないんですが……」
イグルド教から見ればマズルカ教など取るに足りない存在であり、わざわざ枢機卿ほどの人物が足を運んでくるほどの要件があるとはとても思えないのだ。
「そうですよね。不思議に思いますよね。マズルカ教そのものに用件があるのであれば王都にある本部へ行けばいいですし、ドーズ教会への用事でしたら神官長さんにお会いすればいいのに、セシリアさんの出張先にまで押しかけるというのは何事かと思ってしまいますよね」
「はい……おおむねそのような感想なのですが……」
そう言葉にされてしまうとなにやら不穏にも思えてきた。
「聖女を名乗るニルマという女と親しいのですよね?」
穏やかな話しぶりの中、ニルマという一言にだけセシリアは棘を感じ取った。
「親しいといえばそうですけど……」
確かにその通りではある。神官長であるローザも親しいといえばそうだが、より深くニルマに関わっているのはセシリアだ。
「あの! もしかして勝手に聖女などと名乗るのが駄目ということなんですか!?」
マズルカとイグルド教にはほとんど関連がない。
だが、聖女という概念そのものの価値を守るために、他宗教に干渉することはありえるのかもしれない。
適当な宗教団体を設立して勝手に聖女だなどと言い出せば、いくらでも実力のない聖女を増やすことはできるだろう。
そんな状況になれば、直接は関係がないとしても聖女の権威は失墜する。
そんな事態を問題視しているのかとセシリアは考えたのだ。
「いえいえ。余所様の認定基準に口出しするつもりはありませんよ」
「……その。こんな噂を真に受けるのはどうかとは思うのですが、ミクルマ様はとても長生きをされていると聞いたことがあるのですが……」
イグルド教の枢機卿、ミクルマは五千年の時を生きている。
以前、そんな噂を聞いたときにはいくらなんでも大げさだと本気にはしなかったが、今のセシリアは五千年間寝ていたニルマを知っている。
もしかしてニルマと関係があるのかと考えたのだ。
「そんな年に見えますか?」
ミクルマの年齢はセシリアと同程度で、一点の曇りもない美貌を誇っていた。
しかし、それはそれでおかしいとも思える。枢機卿にまで上り詰めた人物が、セシリアほどに若いとは考えにくいからだ。
「あ、その。修行をしていると年を取らなくなると聞いたのですが」
「そんな化物はあの女ぐらいのものでしょう?」
やはりニルマを知っているらしい。だが、あまりいい印象を持ってはいないようだった。
「ニルマさんとお知り合いなんですか?」
「そうですね。知り合いと言えばそうでしょう。腐れ縁とでもいいますか。それで今回、私がこちらにお伺いしたのは聖女を名乗るニルマという女についてお聞きしたかったからなのです」
確かに、この時代でニルマについて一番知っているのはセシリアだろう。
なのでセシリアに聞くのは正しい。
だが、なぜわざわざ枢機卿が自らやってくるのかという疑問は残る。
枢機卿ともなれば、いくらでも情報を収集する手段はありそうだからだ。
「それはですね。極力、私とあの女との関係を知られたくないからなんですよ」
「え?」
セシリアは疑問を口にしてはいなかった。
なのに、答えが返ってくる。それはまるで心でも読んでいるかのようだった。
なにかがおかしい。
そう思ったセシリアだが時すでに遅かった。
部屋の中がキラキラと輝いていた。小さな氷の結晶のようなものが無数に浮いているのだ。
「申し訳ありませんが結界を張らせていただきました。この部屋はすでにすべてが私の意のままとなる、私だけの世界。心を読むなど造作もないのです」
「え?」
なぜそんなことをされなければいけないのかがまるでわからず、セシリアは混乱した。
「重ね重ね申し訳ありません。ここでのお話を万が一にも外部に漏らすわけにはいきませんので」
逃げようと思ったセシリアだが、身体はまるで動かなかった。
立ち上がる気力が湧いてこないのだ。
「ああ。ご心配なく。外部に漏らさないなどと言ってしまいましたから、この後始末されると思ってしまったんですね。大丈夫ですよ。私は長年にわたって人類の復興を見守ってきた人類の味方です。たいした意味もなく人を殺したりはいたしません」
「あなたは一体……」
セシリアの意識は混濁してきていた。
「青天の霹靂とはまさにこのこと。まさかあの女がこの時代まで生きているとは夢にも思っていませんでしたよ! しかしこれこそが天の配剤ということでしょうか! 私の手で殺せるチャンスがやってくるとは!」
セシリアは、ニルマについて知っていることを洗いざらい吐き出した。




