第19話
港町からドーズの街に帰ってくると、すっかり日が暮れていた。
教会に併設された住居の食卓に皆で向かうと、食事が用意されていた。
少し体調のよくなったローザが作ったのだ。
「そうですか……」
食事を終えてから、セシリアが港町でのことを報告する。
ローザはあからさまに落胆していた。
「うーん。やっぱり外の村のやつらを取り込むのがてっとりばやいかなぁ」
改宗させるのは難しいかもしれないが、最初から宗教団体に所属していない者たちを入信させる方がまだ楽だろうとニルマは思っていた。
「そんなに簡単にいくんでしょうか……」
「明日にでも様子見に行ってみるよ」
「急ですね!? 今すぐ返事しなくていいって言ってましたよね!」
ザマーが慌てて聞き返した。
「待ったじゃん、一日。そんなに悩む事じゃないでしょ」
「宗教を選択するって一大事な気がするんですが」
「うち、むっちゃゆるい方だし、簡単に辞められるしいいんじゃないかなぁ」
「いえ、簡単に辞められてしまうと困るんですが……」
さすがにセシリアも苦言を呈してきた。
「そこはさぁ。辞めようにも辞められない、入っててよかったマズルカ! って方に持っていければねぇ」
とは言うものの具体的な方策をニルマは思いついていなかった。
「ところで。ポータルコアを入手できたわけですから、これで国民昇格が可能になったのではないですか?」
ニルマたちの足下に置いてある袋には球形のポータルコアと呼ばれるものが入っている。
こういった何らかの証拠となる物を冒険者センターに持ち込めば評価ポイントとなり、一定値をためれば国民になれるのだった。
「いけるかもね。セシリアはどう思う?」
「そうですね……コアの評価基準はよくわかりませんが、噂では大きければ大きいほどポイントが入るらしいです」
「問題は、冒険者センターが休止中ってことだよね」
冒険者センターは先日の事件で壊滅に近い状態になった。
ダンジョンの所在地をとりまとめることもできないし、諸処の手続きを行うことも出来なくなっているのだ。
「それですけれどね。冒険者センターの仮運営のために王都から色々と運びこんでいるらしいですよ」
ここまで話を聞いているだけだったローザが口を開いた。
さすがに冒険者センターが機能しないのはまずいと王都でも問題視されているらしく、急遽機材や人材が送り込まれているとのことだった。
それにより最低限の運用は出来るようになりつつあるらしい。
「そうなんですね。では、一度様子を見てきます」
「なんで、この人はローザさんにだけは丁寧なんでしょうね……」
聖導経典探しはいったんお預けということになるだろう。
ニルマは、まずは今できることから進めて行くことにした。
*****
「で、なんなんですか、これは?」
早朝、日が昇ってまもなくの頃だ。
ニルマとザマーは、教会の庭にきていた。
ニルマたちの前には、三人の子供が立っている。
「別にあんたは眠いとかないでしょ?」
「眠いですよ!? 基本的には人間をシミュレートしてるんですから!」
ザマーは無理矢理叩き起こされてここに連れてこられたのだ。
「あ、そうなの? でも主人よりも寝てる目覚まし時計ってどうなんだ? って思うけど」
「いつもはぐっすり寝てるのに、今日に限ってなんなんですかね、この人……」
「……眠い……」
寝ぼけた声で言うのはカリンだった。
カリンはネルズファーの遺跡にいたはぐれ者の少女だ。
はぐれ者の仲間はすべて死んでしまい、身寄りのないカリンは教会に身を寄せていた。
「なんなんだよ! あさっぱらから!」
威勢のいい少年が言う。名前はノーズ。背丈はザマーと同程度で、見た目の年齢も似たようなものだろう。
「……あの……なんで……」
ぼそぼそと言うのはトリス。眼鏡をかけた気弱そうな少年だ。
この三人が現在教会で預かっている孤児だった。
現在のドーズ教会での孤児の養育はこの人数で限界だという。カリンを一人増やすだけでも厳しかったが、そこはニルマが早急に金を用意するということで、無理してねじ込んだ形になっていた。
「はーい。注目! あんたらも世話になってばかりで心苦しいでしょう! なので修行して強くなって教会に恩返しをしようね!」
ニルマはこの子供たちも叩き起こして連れてきたのだ。
「どういうことですか?」
ザマーが聞いた。
「前に言ったでしょ。カリンとかを神官にして戦えるやつを増やそうって」
これがマズルカ再興計画の一つ。戦力の増強だった。
「え? ニルマさんが教えるんですか? 子供に? 軽く石を投げたつもりで、人体貫通させちゃう人が?」
「いやいやいや。戦闘モードと修行モードじゃ力の入れ具合が違うから。私、自慢じゃないけど修行で人殺した事無いから!」
「本当に自慢じゃない、当たり前のことですね」
「あのさ。俺も男だから強くなりたいってのは当然あるよ。けどさ、あんたどんだけ強いんだよ?」
ノーズが疑わしげに聞いてきた。
「あー、そうだよねー。弱い奴に教わることなんてねぇ。ってことはあるよね」
ニルマはキョロキョロとあたりを見回した。
デモンストレーションに使えそうなものがないかと考えたのだ。
だが、教会にあるものを壊すわけにもいかない。
ニルマはザマーを見た。
「やめてくださいよ? 子供たちドン引きになりますよ?」
「ちっ。とりあえず思いっきり叩いて地面に埋めようかと思ったのに」
「それを見た子供たちの気持ちを考えてください」
「じゃあ軽くこんな感じで」
ニルマは子供たちに背を向けて歩き出した。10メートルほど距離を取って振り向く。
そして、右足から踏み込んだ。
着地の瞬間に体を開き、腰を落とし、左拳を腰に引きつけ、右拳を前方に突き出す。
ニルマの拳は、ノーズの目前で止められていた。
ニルマは、瞬く間にノーズまで迫ったのだ。
「ひゃっ……」
ノーズはその場にへたりこんだ。
「と、これぐらいはちょっとやればできるようになるから」
「ちょっとってどれぐらいなんですかね……」
こんなことが一朝一夕でできるようになるはずがない。
ザマーはどこまでも楽観的なニルマを呆れた目で見ていた。




