三つ巴
「サゾー、動き出したぞ」
「時間通りだ。タルウィも中々やるもんだ」
佐三とベルフは暗闇の中、茂みに隠れながら王都を発つ馬車を観察する。その馬車には王族の紋章が刻まれており、夜に出かけるにしては不用意であった。
「ベルフ、中にいるか分かるか?」
「匂いは覚えている。間違いなくあの中だ」
「よく分かるな」
「特に夜は感覚が鋭くなる。間違いなくいるはずだ」
佐三はベルフにその馬車にフィロがいることを確認させる。いくら獣人といえども普通の獣人ではこうはいかないだろう。きっとハチでもここまでの芸当はできない。これは偏にベルフが特殊なのである。
結果だけを述べるのであれば、タルウィ及び佐三の策略は概ね成功していた。少なくとも処刑は大臣の取りなしと王の寛大な判断で取り消されたことがお触れに出された。佐三もそれに合わせて王を称える噂を流させたので、王や大臣も悪い気はしていないだろう。
「サゾー、これからは?」
「ああ、こっからが問題だな」
佐三はベルフに頷きながら指を指す。既に狼の状態になっているベルフは佐三が自分の背に乗ったのを確認すると、走り出す。高台をとるためその斜面を駆け上がっていった。
「俺の見立てでは、王や大臣はこれ以上この問題をどうこうしようとしたりはしない。彼らにはもうやる意味がないからな」
佐三が続ける。
「だが王妃達は別だ。彼女たちは追い出せれば目的は達成できる。しかし誰か一人くらい戻ってくることを危惧して、確実にフィロを抹殺したいと思う奴がいるかもしれない」
「それはそうだな」
「そうした刺客があの馬車に近づけば、あそこについているわずかばかりの護衛は無意味だ。どんな人間も王族に逆らえはしない。書状一つでフィロの首を差し出すだろう」
「それを防ぐのが俺の仕事ってわけか」
「俺たちの、な」
「よく言うぜ」
ベルフはそこまで言うと不意に耳を立て、話をやめる。佐三もその様子を見て声を殺した。
「王都の方から金属のこすれる音が聞こえる。……一応武装はしているみたいだな」
「刺客か?」
「間違いない。音からして銃兵はいないみたいだな」
「まあ夜に撃てば響くからな」
佐三はベルフから降り、王都の方を見る。佐三の視力はさほど良いわけではないが、それでも人影が動いているのが見て取れた。
(いくら夜とはいえ追っ手が明かりを持ってちゃまずいだろ)
佐三はどこか呆れたように佐三は刺客達を見る。その格好は刺客にしては仰々しく、夜に紛れるのにも適してはいなかった。
(まあ王国の兵士が暗殺なんてやるわけないだろうしな。王都周りの賊も基本的には経験豊富な前線部隊が戦うのだろう。彼らみたいな王妃直轄の近衛兵は戦っているのかもあやしいもんだ)
佐三はそう思いながらもう一つの懸念について頭を巡らせた。あの近衛兵が誰の命で来ているのか、それが問題であった。
「ベルフ、奴らが馬車を取り囲んだら行くぞ。脅すだけでいい。おそらくそれで瓦解する」
「了解」
「……今だ」
佐三の合図と共にベルフが斜面を駆け下りていった。
不意に馬車が止まる。
処刑を免除され王都追放へと処分が変わった。
おそらくあの男の仕業だろう。王の処分すら変更するとは本当に理解を超えた男だ。
だがおそらく無意味だろう。王妃の誰かが刺客を放つはずだ。そして何より、自分の母、第三王妃は全力で私を殺しに来るだろう。
夫を奪われたという、その嫉妬にかられて。
「……馬鹿な女」
馬車の外で口論が聞こえ、鈍い音と共に片方の声が消える。
音からして殺されてはいないだろう。おそらく気絶させられただけだ。しかし私が殺されることには変わりはない。
誰の刺客だろうか。できれば母のでない方がありがたい。少しでも彼女の思い通りになることがたまらなく嫌だった。どうせ死ぬなら違う相手を見て死にたい。そう思った。
馬車の横に誰かがきた。おそらくその扉に手をかけるだろう。母であったらいっそのこと誰かを操り、この手で……。もっとも既にそんな余力すら自分には残されていないのだが。
馬車の扉が開く。しかし予想とは異なり、身構えていたフィロの前に現れたのはまたしてもあの男であった。
「失礼、お久しぶりです。フェロウ様」
佐三はにっこりと笑ってそう言った。
「なんだこいつ!」
「化け物だ!逃げろ!」
ベルフが飛び出し刺客の集団を襲う。勿論命までは奪わないが、追いかける気をなくす程度には脅しをかけた。
佐三はその間に馬車に忍び寄り、中に入る。そしてフィロに挨拶だけするとすぐに馭者に指示を出した。
「今のうちに進んでくれ!早く!」
「は、はい!」
馭者は急な事態にパニックになりながらも、今が好機と馬車を走らせる。急な発進に馬車が揺れ、フィロはバランスを崩した。
「大丈夫か?」
佐三がフィロを支えながら話す。フィロは弱々しい声で「ええ」とだけ答えた。
(酷く衰弱している……。あんな地下牢に閉じ込めておかれればそうなるか)
佐三はフィロを観察する。髪は乱れ、顔も少しこけている。支えた重みも以前よりずっとずっと軽く、その衰弱が感じられた。
もっともその衰弱は地下牢での待遇のみが原因ではないだろう。ここに至るまでの経緯、その現状、そうした環境全てが彼女の精神を蝕んだ結果なのだ。体力的にも精神的にも、既に限界は超えている。
「でも、せっかく来てもらったところ悪いけど、余計なお世話よ」
フィロが力ない声で話す。佐三はそんな彼女の様子を見た後、小さく舌打ちをして前を向いた。
(俺も甘くなったもんだ)
佐三はどこかで自嘲しながら、再び業者に早く進むように指示した。
「できるだけ急いでくれ。しばらくは追っ手は来れないだろうから」
「はい!」
馭者が続ける。
「もうすぐ進めば森の街道へとつきます。そしたら彼らも追いにくいでしょう」
佐三はその言葉に反射的に「待ってくれ」と指示を出す。
「な、なんですか?」
「森を通るつもりなのか?」
「はい。事前に指示された道順では森を抜けて東へと……」
佐三は少し考えてから「わかった、進んでくれ」とだけ言う。フィロは何をいうでもなく、ただ佐三をみつめていた。
「止まれ」
森に入ってすこしした頃、不意に現れた集団に馬車が止められる。二十人はいるだろうか。そのフードで顔を隠し、闇に紛れている。
「ひいっ!」
馭者はあっという間に意識を刈り取られる。そしてそれを合図に複数の男が左右の扉前を固めた。
「………」
リーダーらしき男の合図で馬車の両サイドから扉を開ける。
しかし中はもぬけの殻であり、標的の女はいなかった。
「王妃様、いません」
男の一人が報告する。
「それに近衛部隊を足止めに行った連中も、帰ってきていません。まだ許容範囲ではありますが、普段よりは遅いかと」
別の男が報告する。言われた女は少し考えてから話し出す。
「偵察隊の報告では、平原で降りた形跡はないわ。おそらく森にはいるはず。森に入ってすぐの段階で、どこかで馬車を降りたのでしょう」
女はそう言うと次なる指示を出す。
「犬族の猟犬部隊を各小体に分割、フィロの備品を利用しながらこの森を洗いなさい。あの子は衰弱しているはずだからそう遠くへは行けないわ」
「はは!」
そう言うと男達は再び闇へと紛れていった。
「必ず、この手で……」
女はそう言うと同様にフードを被り、森の闇へと消えていった。
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