禿げ狸と王様
「国王陛下、お久しぶりでございます」
「おお、タルウィではないか。随分出世したみたいだな。めでたいめでたい」
「いえいえ、これも陛下の指導があってのことです」
王都のその中心部、そしてその真ん中にある宮殿にタルウィはいた。主神教の幹部として、そして東方部の支部長就任の挨拶もかねての謁見である。
王はうれしそうに部屋に招き入れ椅子に座るように促す。本来客人は謁見の間にて王との面会を行う。しかしタルウィと王は既にある程度懇意の仲になっており、今では部屋で会うことが多い。主神教の幹部で王家とこれだけの仲を保っているのは、おそらくタルウィ一人であった。
無論これはただ仲が良いという理由に起因する問題ではない。王家と主神教の政治的バランスが原因となっている。
この世界において王家の求心力は必ずしも強いわけではない。中央集権化は進んではおらず、多少の兵はあるものの近代国家の条件である強力な常備軍は存在しない。したがって王都周りではそれなりに権力をもつが、王都から離れた領主達は各々自由に統治している。
その一方で主神教はどの地域でも一定の力をもっている。熱心な布教活動と、集金活動。人の数と金の量はそのまま組織の力となるのだ。広い意味で言えば主神教の方が王家より力を持っている。
そういった事情も相まって主神教の幹部で王家を重要視している人間は少ない。無論ある程度の関係は保っているが、幹部クラスで頻繁に王家に挨拶をするのはタルウィだけである。
無論タルウィも幹部ではあるものの、主神教の本流の人間ではない。主神教で大きい派閥をもつ人間からすれば『タルウィは力がない故に王家に擦り寄っている』。そう見下しているのだ。
(馬鹿な連中め)
タルウィはそう思いながら王との話を続ける。タルウィは自分の見立てでは主神教はいつか立ちゆかなくなると踏んでいた。肥大化し、腐敗した組織に未来はない。今は既に教義などは名ばかりに、ただの支配者になり始めているのだ。先が知れたものである。
そうした未来も見据えてタルウィは王との関係を保ち続けている。打算ありきではあるが、主神教でも王家を大事にする数少ない幹部を、王もないがしろにしたりはしない。それだけに良好な関係が築けてはいるのだ。
「ところで陛下、町ですこし耳に挟んだのですが」
「なんだ?」
タルウィが話を切り出す。
「ご息女を処刑なさるとか?」
「……っ!?」
王の表情が固まる。その様子でタルウィも真偽を確認した。
「あ、あいつが悪いのだ。私を誑かして……」
「ええ、分かります。陛下といえども一人の人間。一時の迷いもあるでしょう。何の罪もありません。自然なことです」
タルウィはすぐさま王を批判する意図がないことを示す。王はあからさまに安堵していた。
「しかし陛下、いくらご息女の罪とは言え、民衆にも慕われている彼女を処刑するのは、些か問題があります」
「し、しかしだな。タルウィ」
王はこれまでの経緯を説明する。既に佐三から話を聞いていており内容は知ってはいたが、熱心に王の話を聞いた。
(やれやれ、まったくあの男の読み通りではないか。王族とのつながりがあるわけでもないのに、どこまで見通しているのだ)
タルウィは佐三の話を思い出す。利害関係からそれぞれの思惑、落としどころまでほとんど完璧に言い当てていた。
「成る程、そうでしたか。これは難しい問題ですね」
「そうなのだ」
王は肩を落としながら答える。この男は普通だ。王としてはあまりにも普通すぎる。簡単に誘惑に負けてしまう浅はかさも、周りの目を気にしてしまうその性格も、まったくもって指導者向きではない。強い求心力をもてないのは、この人柄に来る部分はあるのかもしれない。長年の付き合いであるタルウィもそうは感じていた。
しかし見捨てようという気にはならなかった。カリスマはないが、それだけに気配りをきちんとできている。変に驕る部分も少ない。主神教の幹部の連中よりかははるかにましである。打算を抜きにしても毛嫌いする理由はなかった。
(あの男も王について『そう悪いもんでもない』と言っていたな……。あの商人の思考はまったく読めん)
「ならばこういう案はいかがでしょう?」
タルウィは王に提案する。
「大臣に提案させるのです。ご息女を恩赦するようにと。そして陛下がそれを受け容れる。そうすれば大臣は箔がつきますし、陛下の寛大さもうかがえます」
「しかし妻達が……」
「それは心配ないでしょう。彼女たちはあくまでお世継ぎが生まれないかを心配しているだけです。陛下の遠くに行くのならば、無理に処刑する必要はないのです」
「そ、そうか……」
「それに仮にも親族の処刑を声高に勧めれば、それはそれで悪評が残ります。彼女たちもそれは望まないでしょう。彼女たちは内外の声に敏感です。それで世継ぎが決まるかも知れませんから。となると民衆の声も届いているでしょう」
「成る程、流石はタルウィだ!」
王はうれしそうにタルウィの肩をたたく。こういった無邪気さは美徳なのかも知れない。王に生まれていなければもっと生きやすかっただろうに。タルウィはそう思った。
(それにしても、あの男は化け物か?)
タルウィは佐三の事を思い出す。今回王にこのように提案したのは先程佐三と話したことがきっかけではある。しかしこれはタルウィにとっても十分に利があることであった。
今回の処刑が行われてしまえば、王家の求心力は少なからず低下することになる。そうなれば王家との関係を保ってきたタルウィにとってもデメリットだ。
彼が何故彼女を助けようとしているのかは分からない。しかしここまでうまくまとめられるものだろうか。今回王都に来ることは外部に漏らさないようにしていた。彼が私を見つけたのは間違いなく偶然だ。にもかかわらず、彼は自分をみつけ、なおかつ王に会うことすら見抜いて見せた。
どこまで敏感に感覚を研ぎ澄ませていればそんな芸当ができるのか。どんな観察眼をもっていたらそこまで見抜けるのか。どんな経験をすれば、そこまで気軽に足を運べるのか。
タルウィは自分が人を率いる立場であるからこそ、佐三の異質性を直感で理解できた。彼は他の商人とはまるで違う。判断力も観察力も、そしてなりより行動力が他人とは違った。彼はまさに別世界の住人であった。
(ひょっとすると、彼は本当に……)
タルウィは少し考え、その考えを棄却する。これ以上は空想に過ぎない。自分の理解が及ばない相手を全て超常の何かにしてしまってはいけない。世界の創造さえもいつかは解き明かされるべきなのだから。
「ほらタルウィ、王都の菓子職人が作ったケーキだ。お主も食べてみろ」
「成る程、これは毒味をしなければなりませんな」
タルウィは王の様子を見る。王は楽しそうに笑いながらメイドにケーキを運ばせている。
タルウィはどこか呆れたように笑いながらケーキを口に運ぶ。
「美味い」
そう呟いた。
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