踏み進む後に道は在り
「ん?」
「む?」
その男を見つけたのは完全に偶然であった。聖職者にしてはあまりにも鍛えられすぎているその体躯はゆったりとしたローブの上からでもうかがうことができた。
「おや?タルウィ様ではありませんか」
「おお、佐三殿か」
佐三は主神教の幹部と握手を交わす。
道筋が見えた。佐三はそう感じた。
「しかしサゾー、これからどうするんだ?」
宿屋で朝食を食べていると、ベルフが聞いてくる。佐三は宿屋の朝食に出てきた石ほど硬いパンに苦戦していた。
「力で奪還しないのであれば、何かしら策があるんだろ?」
「まあな」
佐三はその硬いパンをスープで流し込む。途中で喉に詰まりそうになり、「ゴホゴホ」と咳き込んだ。
「……大丈夫か?」
「……うるせえ」
佐三はそう言いながら説明を始める。
「先日あの商人からいくらか人を雇った。覚えているな?」
「ああ。気の毒になるぐらい値切っていたからな」
ベルフはその時の事を思い返す。一度目とは異なり、二度目の邂逅は完全に商人として出向いていた。ただでさえ安い労働者達をさらに値切って雇っていた。奴隷商人などに同情してやる義理はないが、あの青ざめた顔は流石に気の毒になる。
もっともその浮いた分の金は直接労働者達に賃金として払っていることをベルフは知っている。そう言う意味ではかなりの部分を中抜きしているあの商人は自業自得とも思えた。そのような商売でなければ、きっと佐三も牙をむいたりはしないのだから。
「だがそれで結局何をさせているんだ?」
ベルフが質問する。
「ああ、それは世論作りだよ」
「世論作り?」
「ああ。『フィロ様が処刑されるなんて可哀想だ』という風潮を作っているのさ」
「だから人を雇って……」
「そうだ情報をバラまく人海戦術だ。いわゆるサクラ的なものだな。現代でもSNSでよくやる手だ」
「エス……?まあそれはいいとして、この作戦はうまくいくのか?」
それこそが今回の問題ではあった。佐三も世論が簡単に王の元に届くとは考えてはいなかった。情報の伝わり方も、王様の意志決定も、そんなに単純ではないのである。
例えば王様が情報を集めるとき、それは必ずしも客観的に集められるものではない。数多くある情報から、自分にとって都合の良い情報を集めることだってあるのだ。
それに王自ら情報を集めるわけではない。当然部下を通じての情報収集になる。王の側近である人間が忖度して、王に都合の良い情報を与えようとすることだって十分に考えられるのである。
(確証バイアスにコミュニケーションの二段階説。人はいつだって合理的じゃない。……馬鹿ばっかりだ)
佐三は椅子に深く座りながら考える。道中でも考えてきたことではあるが、王とのつながりという重要なピースが欠けていることは避けようのない事実であった。
(ま、なんでも思い通りにいった経営者なんてこの世に一人としていないからな)
佐三にとってそういったことがネックになることは重々承知であった。最初から先が見えている事業などそうそうない。誰もが想像しなかったからこそ、差別化が生まれるのだから。
そして何より、経営者として最も大切なことは「動く」ことである。実際に挑戦する、その行動の有無こそが「経営者」と「その他」を分けるのである。
「とりあえず今日は王宮近くまで行こう。中心街でなんとか人脈を作り、王に行動を促す。それがダメなら別の手だ」
佐三はベルフにそう言うと、立ち上がり身支度をする。ベルフは朝食の最後の一口を食べ終えると立ち上がった。
この男は時々とんでもなく行き当たりばったりにみえることがある。だがその行動の速さをベルフは気に入っていた。入念に準備されているかと思いきや、時にとんでもない挑戦を平然と始める。ベルフ自身、そんな佐三の行動に魅せられた男の一人だった。
(俺から鎖を外したときも、そんな感じだったな)
かつての自分を思い返す。その当時の自分は今よりずっと凶暴で、なにより獣だった。鎖を外したこの人間を、今すぐにでも殺してしまおうと考えていた。
だがしなかった。その男の眼が自分を思いとどまらせた。
「どうした、ベルフ?早く行くぞ」
「わかってるよ」
ベルフはそう言って佐三についていく。この男は一体どんな道を示してくれるのだろうか。ベルフは足取りを軽くした。
「うーん、これもダメか」
しかし現実はそれほど甘くはない。先程の勢いは一転、事態は暗礁に乗り上げていた。
「商人ギルドで何人か紹介してもらったがいかんせん王族にまでつながるようなコネは作れないな」
佐三は頭をかきながら呟く。もしこれが十分に時間が与えられている状況であれば話は違うのだろう。しかし処刑が数日後に迫っている中でそのような余裕は存在しなかった。
「サゾー」
一時別行動をしていたベルフが帰ってくる。
「どうだった?」
「町の様子は問題ない。元々あった民衆の噂がさらに尾ひれをつけて拡散されている。だが……」
「だが?」
「貴族達の話を遠くから盗み聞きする限り、王にそういった伝聞は伝わっていないみたいだ。処刑も予定通り実行される」
「だろうな。……もう一押しする必要がある」
佐三がいま抱えている案としてはフィロを追放処分へと変更させることであった。民意を受けて王様が恩赦し、フィロを処刑ではなく追放処分にする。これが一番現実的であった。
(だがこれには一つピースが足りない)
佐三は顎に手を当てながら考える。足りない人物、それは王に恩赦を申し出る人間である。いきなり王様が恩赦するなどと言い出すことは体裁上難しい。元はといえば彼の浅慮が引き起こした問題なのだ。
(あくまで民意を受け、臣下が提案する形で王に処分の変更をさせたい)
佐三はそう考えるもそれが難しいことは分かっていた。王の家来達は王の機嫌をうかがうことが最優先であり、民衆の意向を汲み取る必要はない。大きい視点で言えば民意は彼らにとっても重要なファクターではあるのだが、人間そんなに視野は広くないのである。
(誰かいないか?もしくはコネを作れないか……)
そんなときであった。その見覚えのある聖職者を見つけたのは。
いつになく正装。大勢の部下。そして歩く先は王宮のある方角だった。
(見つけた!)
佐三は早足でその聖職者の集団に近づいていく。高くそびえる禿げ頭が徐々に近づいてきていた。
「ん?」
「む?」
佐三がタルウィに声を掛ける。自然に、かつ冷静に。そしてしっかりとその可能性をたぐり寄せるように。
佐三は挨拶をして、タルウィと握手を交わす。
道筋が見えた。
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