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17.忙しい日々(1)

 相変わらず忙しい日々は続き、私の社交デビューの日は着々と近づいていった。あの一件以来シルヴァの訪問はない。たまに当たり障りのない程度の近況報告と連絡の手紙が届く程度だ。シルヴァも夜の国との辺境を監視する仕事があるのだから、忙しいのだろう。私も無難な返事を送っている。私も私でとにかく「無難な」社交デビューに向け、必死だった。

 ……というわけで、今日はメニューの打ち合わせをしようと、久々に調理場を訪れている。


「忙しい時にごめんね。今日は婚約パーティーについてお願いがあってきたの、今回のパーティーでは少し食べ物にこだわりたいと思っていて……」


 料理長のジェフとガウスに、ぶ厚いメモ書きを渡す。最近忙しく、バタバタしていたためか、おなじみのこの二人を前にすると思わずほっとしてしまう。


「それでね、婚約パーティーのメニューを考えてみたの。ざっと書いたものだけど、メモを渡すね」

「ずいぶんしっかりしたメモだな。あぁ、デザインを考えて絵にもしてくれたのか。具体的でわかりやすいな。……なんだこりゃ、サンド…イッチ?」

「ええ、今回のパーティーでは、目新しくて、カラフルなものをできるだけ出してほしいと思ってて。座興が少ない分、料理が主役になるようなパーティーにしたいの。負担をかけてしまって申し訳ないんだけど」

「いや、具体的な要望があるからやりやすい。それに、俺たちの料理が重要になるんだろ? 期待してもらえるってことはありがたいことだ。やりがいも十分だな」


 ジェフが満足げに頷いて、ざっとメモを確認する。


「……じゃあ、ガウスが今回の責任者ってことにしとくか。ガウスは厨房の若いモンの中で一番頑張ってるんだ。ここいらでちょっと見せ場を作ってやらんとな」


 ジェフの言葉に、ジェフの隣で真剣に座って話を聞いていたガウスがパアっと目を輝かせた。


「お、俺! 頑張るからな!」

「ええ、私の一番弟子なんだから、頑張ってもらわないと」

「おいおい、よしてくれよ! 妖精嬢にそんなこと言われたら、ハードルが上がっちまうだろ」


 ガウスは頬を少し赤らめる。私も、今回のお願いに関しては、なんだかんだ言って凝り性で仕事熱心なガウスが適任だとおもっていたので、ガウスが責任者に指名されてほっとした。

 私の書いたメモをパラパラとめくりながら、ガウスはふいに顔を上げる。


「あ、一昨日お前の婚約者見たぞ。名前、なんだっけ、シルヴァとかいう騎士」

「あら、そうなの?」

「知らなかったのか? ローラハム公(領主様)と遠征に来てる騎士団の面談があったんだ」

「そういえば、シルヴァ様、お仕事でたまにこの城にいらしゃるって話をして気がするわ」

「ローラハム公との面談のあと、騎士団との交流会っていう名目で夕食も振舞ったんだよ。そしたらまあ、アイツら飲んだくればっかりだから、酒がなくなるなくなる……。俺、下の村まで3回くらい買い出しにいったんだぜ」

「それは大変だったわね」


 私は軽く頷いた。ジェフとガウスが複雑な顔をする。


「あのさ、妖精嬢は、婚約者にあんまり関心がないって本当だったんだな……」

「ええ? そんなことないと思うけど……」

「いや、あるだろ! 普通だったらこう、婚約者について根掘り葉掘り聞くもんだぜ。『何で知らせてくれなかったのかしら?』とか、『シルヴァ様はお酒をたくさん召し上がられた? 何がお好きだったのかしら?』とかさ。 『騎士団のメンバーに美女はいなかった?』なんてのもあるだろうし、まあ、いろいろあるだろ」


 そんなものなんだろうか。騎士団と一緒に来たのなら、仕事の一環としてこの城に来たわけだし、わざわざ私にお伺いを立てる必要もない。騎士団のメンバーに美女がいようといまいと、私には関係のない話だし。

 いまいちピンと来てない私に、ジェフが「お前さん、全くわかっちゃいねぇなぁ」と頭をかく。


「ねえ、もしかして、二人が知ってるってことは、私がシルヴァ様に関心がないってう噂になってる?」

「まあな。ゾーイ様のもっぱらの頭痛の種だって」

「ええ、ゾーイの? まっさかぁ! パーティーも近づいてるし、そんなことに悩んでる時間があるとは思えないけれど」


 笑いながら答えた私に、ジェフとガウスがますます複雑な顔をした。


□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇


「……っていう話を調理場でしたんだけど、私とシルヴァ様のことでゾーイが悩んでいるのは本当?」


 夕食後の雑談タイムに何となしにそう聞くと、ゾーイはたまたま私に渡そうとしていた書類をそのままバラバラと落とした。食後の紅茶を飲んでいたミミィが急に激しくむせる。


「別に、あの、頭痛の種というほどではありませんけれど……。少し気にしている程度です。でも、どこの乳母だってきっと心配されるはずですよ。何せ大事な方の将来に関わる方ですからね」

「お嬢様のシルヴァ様に対する態度は確かにちょっとユニークというか、独特ですからね~! この前の面会とか、さすが我らがお嬢様って感じで、最高でした!」

「ちょ、ちょっと、ミミィ……!! あなたは言っていいことと悪いことの区別をいい加減つけられるようになさい!」


 机の下で小突かれたらしく、ミミィは「ヒャン!」と可愛らしい声で小さな悲鳴をあげた。私は二人の相変わらずのやりとりに目を細めて、足元にあったゾーイの落とした書類を拾う。目を通してみると、婚約パーティーの参加者リストだった。


「エリナ様、落ちた書類なんて私が取りましたのに!」

「いいのよ。……あら、招待する人のリストはもうできあがったの?」

「ああ、そうでした! 招待状についてはすべてセバスチャンに請け負ってもらったんです。ほら、ローラハム公の関係もありますから……」


 ゲストはローラハム公の政治的な事情等も考慮する必要があるため、ローラハム公の執事のセバスチャンが私たちの代わりに選出し、紹介状まで早い段階で出してくれていたらしい。私の手元にあるのは、すでに招待状を出したゲストの名前の一覧だった。


「これだけの人に招待状を送ったのであれば、いまさら後には引けないわね」

「ローラハム公が日時を決めた時点で、撤回は不可能ですよ」

「まあ、そうよねぇ」


 ため息をついた私は、手元のリストに目を落とす。細かい字で知らない名前ばかりが並ぶが、当日までにはざっと名前と、どのあたりの領地を治めているのかくらいは憶えておきたいところだ。

 難しい顔をした私に、夕食を片付け始めたゾーイが気づかわしげに声をかけてくれる。


「招待したお客様はあまり人数は多くないですけれど、錚々たる方々ですよ。ほら、アガジルダ伯爵なんて今右大臣をされている方ですし、ほかの方々も要職の方ばかり。ローラハム公になんとか取り入りたい有力貴族であれば誰だって参加したいに違いありません。国王陛下はあいにく来られないようですが、ラーウム王子とアベル王子も来られますし。この面々であれば、エリナ様の社交デビューが王宮でなくてもなんら滞りなく……」

「え、王子が来るの……!?」


 私は驚いて素っ頓狂な声をあげた。

 ゾーイの言うラーウム王子とアベル王子とは、カウカシア王国第一王子の、ラーウム・フォン・ルガーランス、カウカシア王国第二王子である、アベル・ドン・ルガーランス。二人は、エタ☆ラブの攻略キャラだ。そして、アベル王子は私の大本命。私がエタ☆ラブで攻略した唯一のキャラクターだ。

 驚いた私にゾーイは大真面目に頷いた。


「もちろんですとも。ラーウム王子はルルリア様の婚約者でいらっしゃいますからね」

「えっ、そうだっけ」


 私の言いたかったのはそっちの王子じゃないけれど、と思いつつ、私は一瞬固まる。ルルリアの婚約者? 私はあわててエタ☆ラブの攻略本情報を思い出し始める。


(エタ☆ラブのラーウム王子ルートは確か……)


 主人公ジルはアカデミーの特別クラスでラーウム王子と出会い、お互い徐々に惹かれあう……が、そこには障壁があった。

 それが、エリナの姉、ルルリア・アイゼンテールだ。実は、ラーウム王子とルルリアは親から決められた婚約者同士だったのだ。ルルリアは婚約者である自分をさしおいてラーウム王子と親しくなるジルに嫉妬し、ありとあらゆる嫌がらせを繰り広げる。ラーウム王子とジルはその嫌がらせにもめげず、育んできた愛の力で、見事世界を救うのだ。その功績により、ジルとラーウム王子は周囲に認められ、王国中の祝福を受けながら婚約する。……ラーウム王子とルルリアの婚約破棄イベントを経て。


(ルルリア、思いっきり振られてたわ……! っていうか、ぽっと出の女にいきなり婚約者を略奪されて同情すら感じちゃう……)


 私は頭を抱えそうになる。なんで今頃こんな大事な情報を思い出すんだろう。


「それから、第二アベル王子も今回はいらっしゃるようです。この城に来られるのは初めてですね」

「どうしてこんな時に……?」

「アイゼンテール家主催のパーティーがまず珍しいのですから。そもそも、このオルスタという地域はカウカシア王国にとって大変重要な場所でして……」


 ゾーイがカウカシア王国の地理事情や、王宮の政治情勢をざっと教えてくれているものの、どうしても左の耳から右の耳に通り抜けてしまう。私の頭は急な攻略キャラ二人の登場に明らかに混乱していた。


(そんな、ラーウム王子はともかく、いきなり大本命のアベル王子にも会うなんて……)


 いつかアベル王子に会えるとは思っていたものの、こんな早くにチャンスが巡ってくるとは思わなかった。心の準備もできていないし、よりによって自分の婚約パーティーで会うなんて、どう考えてもタイミングが悪すぎる。

 主人公ジルがアベル王子に惹かれ、攻略ルートを進んでしまうと、間違いなく世界が滅亡する。だから、うっかりジルがアベル王子の結ばれるその前に、私はアベル王子と結ばれておきたいところなのだ。この世界が滅亡するのを阻止するためにも。そして私自身の心の充足のためにも。しかし、めちゃくちゃ私欲まじりの私の計画は、このままだと確実に座礁する。


(これは、いったん作戦を練り直さないと……!)

婚約パーティー準備編、長くなりそうなので、前後で分けます!

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