18.忙しい日々(2)
(あー、ヤバい、眠いわ……)
西棟の廊下をあくびしながらノロノロと廊下を歩く私に、私の横を歩いていたゾーイが気づかわしげに私の顔を覗き込んだ。ミミィも心配そうだ。
アベル王子をなんとか攻略するために、策略を練ろうと強く決意をしながら、日々のスケジュールに忙殺されてしまい、実際考える暇はほとんどなかった。
寝る前に考えようとベッドの中に考え事を持ち込もうとしても、この身体は疲れやすいのか、ベッドに入ったとたんに寝てしまい、起きてもまだ眠いほどだ。
「エリナ様、ここ数日お休みも遅いですし、そろそろ休まれたほうが……」
「そうもいかないでしょう。今日はルルリアお姉さまとの約束があるし、明日からも大事な予定ばかりだし」
「申し訳ございません、エリナ様。私の力不足ですわ……」
「そんなことないよ!ゾーイは本当によく頑張ってくれてる。もちろん、ミミィもね。二人のおかげでここまで準備が進んだんだから」
私の言葉に、ゾーイとミミィが感極まって泣きそうな顔をする。ゾーイに至っては、ハンカチを取り出すのが間に合わず、ポロポロと目から大粒の涙が零れ落ちた。
二人ともこれくらいで泣きそうになるなんて、相当疲れているのだろう。
ゾーイとミミィ、それからローラハム公の執事のセバスチャンが滞りなく私を支えてくれるものの、やはり人手不足は否めない。二人はこの半月ほど、寝る間を惜しんで馬車馬のように働いてくれている。現代社会だったら二人は完全にブラック会社勤めの会社員だ。さすがに申し訳ない。
(この修羅場が終わったら、二人にはお給金を少し多く持たせて、しばらくお休みとってもらおう)
私はそう固く決意して、ルルリアの部屋のドアをノックした。
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初めて入ったルルリアの部屋は、なんというか、豪華絢爛、という形容詞しか浮かばないほどに豪華だった。
椅子から天蓋付きのベッドに至るまで、調度品はすべてロココ調のきらびやかなもので揃えられている。深い真紅の絨毯はふかふかで、絨毯とほぼ同じ色のカーテンはふんだんにレースで彩られ、そこかしこに飾られる鮮やかな花々は濃やかな匂いを発している。もちろん、私の部屋よりはるかに広い。
そして、豪華絢爛な部屋に負けないほどの存在感を放っている私の姉、ルルリア・アイゼンテールは、今日も麗しい縦カールを美しく背中に流し、わかりやすく少し拗ねた顔をしていた。
「お姉さま、ごきげんよう。この前は仕立ての方を派遣してくださり、ありがとうございました。おかげさまで、問題なく素敵なドレスが仕上がりそうです」
「ええ、それくらい当然です。問題なくってよ」
腕を組み、ツン、とそっぽを向いて、そう答える私の姉に、私は内心慌てた。どうやら何か拗ねているようだ。ルルリアの横に立っているルルリアの乳母のバナリア夫人も、ルルリアの機嫌を損ねていることにオロオロしているようだった。
(ヤバい、今は何としてでもこの悪役令嬢は味方につけておかないといけないのに!)
何たったって、社交デビューのドレスやアクセサリーは全部ルルリアに外注しているのだ。ここでへそを曲げられたらたまらない。
私は、少し首をかしげてルルリアのそばに寄る。
「お姉さま、なにか私、やらかしました……?」
「……もう少し、お手紙をくれたりしても良かったんじゃなくって?」
「……!」
なるほど、ルルリアは私が必要最低限の連絡しかよこさなかったことに拗ねているらしい。お礼の手紙は適宜書いていたけれど、それだけでは足りなかったようだ。
「……ごめんなさい、お姉さま。私、てっきりお姉さまも忙しくされてるとばかり思っていたのです。お姉さまの準備もありますし、私もたくさんお願いしてしまいましたし」
「あなたが私に頼んだことなんて、私の手腕と人脈を持ってすれば、大したことではなくってよ。これしきのコトくらいで困りはましません。エリナの中で私はそんなに頼りないの?」
「そんなことはありません!」
「ミミィがあなたからのお手紙を届けるたびに、あなたは本当に忙しくしていると聞いていて、私心配していましたのよ。次からちゃんとこの私に甘えなさい。よくって?」
「はい、お姉さま」
「それから、使用人たちばかりにかまってないで、もう少し西棟にも来てちょうだい」
上目遣いでむくれるルルリアは、妹のことを気にかけ、何かと世話を焼こうとする年相応の女の子だ。エタ☆ラブで徹底的に主人公を苛め抜いていた悪役令嬢だとは思えない。
私が素直にルルリアの言葉に頷くと、途端にルルリアは笑顔になった。
(ちょっとかまってちゃんでめんどくさいところもあるし、口調はキツいけど、根は良い子なんだよなぁ)
バナリア夫人がルルリア機嫌を直したことにほっとした顔をして、すぐに手を叩いてメイドたちを呼ぶ。どこからともなくわらわらと黒服のメイドたちが出てきて、私に恭しく礼をした。
バナリア夫人は得意げにメイドたちを紹介する。
「今日は、髪型とアクセサリーの事前リハーサルをなさるということなので、こちらのルルリア様付きのメイドちゃんたちが担当しますの。この子たちは一流で美容のプロフェッショナルですから、エリナ様も安心してお任せくださいね」
「「「よろしくお願いいたします」」」
メイドたちは一斉に一礼する。お辞儀の角度がきっちり45度くらい。あまりの数の多さと、軍隊さながらのお辞儀の揃いっぷりに面食らった私をおきざりにして、メイドたちはテキパキと仕事に取り掛かり始め、手始めに髪に何やら怪しい深緑色のドロドロの薬品を塗り始めた。
「あの、今髪に塗っているのは……?」
バナリア夫人は鼻高々、といった顔で塗っている薬品の入った薄緑色の瀟洒なガラス瓶を私に見せる。
「これは特注のオイルですのよ。ルルリア様のために作られ、調合された特別なものです。けれど、今回は特別にエリナ様にも使うよう、お優しいルルリア様から御指示がありましたわ。エリナ様のうっかり傷んでしまった髪の毛もすぐに綺麗になりますわ。そちらの乳母はエリナ様の美容にはこだわっていないようですし……」
「まあ、そのようなものを使わなくても、エリナ様はそのままでも十分お美しく可愛らしい方です!」
「まあ、もとの素材がどんなによろしくても、きちんと手をかけなくては。日々の扱い次第で台無しになってしまうこともありますのよ?」
「なんですって?」
バナリア夫人の言葉に、気色ばんだゾーイが応戦し始めた。ミミィも控えめに参戦し、さながら泥仕合になってきた。バナリア夫人とゾーイの言い争いはいつも通りだ。止める気にもならない。
(もう勝手にやって……)
乳母たちの喧嘩をしり目に、ルルリアはすっかり上機嫌になっていた。
「ヘッドドレスは、この羽飾りにしようと思っているの。この前、行商人から取り寄せたのよ。でも、このティアラも捨てがたくて」
「このヘッドドレス、羽飾りの刺繍がすごく素敵だと思います」
「エリナもそう思う? そうよね! じゃあこれにしましょう! 髪型はこれに合わせてすこし落ち着いた感じにして、首飾りはシンプルに……」
「さすがです、お姉さま!」
相変わらず、ルルリアのファッションセンスは素人目から見ても洗練されていた。聞けば、いつものパーティーのコーディネートくらいであれば、乳母たちに頼らず、たいてい自分で決めてしまうらしい。ルルリアは、元から流行に敏感で、センスが良いタイプなのだろう。
(うらやましいわぁ……)
元の世界では、ファッションにはかなり疎く、なるだけオーソドックスで無難なものばかりを選んでいたので、ルルリアのセンスや美に対するこだわりには素直に尊敬していた。
「じゃあ、靴は……」
そう言って、ルルリアがメイドたちに命じて持ってこさせた靴を吟味し始めたとき、ふいにドアが開いてルルリアの部屋にカツカツと誰かが入ってくる音がした。明らかにメイドの足音ではない。
「少しうるさいぞ、ルルリア!」
「お、お兄様!」
入ってきていきなり神経質に怒鳴った人物を見て、ルルリアが驚いたように目を見張る。私は濡れた髪の毛のまま慌てて振り向いた。
そこには、金髪碧眼で銀縁眼鏡の少年が後ろに彼の乳母を引き連れて立っている。ルルリアによく似た美しい顔立ちに、わかりやすい苛立ちの表情を浮かべて。
彼はロイ・アイゼンテール。アイゼンテール家の嫡男であり、エタ☆ラブの攻略対象かつインテリ眼鏡担当である。
「すみません、少しはしゃいでしまいました」
ルルリアが丁重に謝ると、ロイは私を見て不可解な顔をした。
「なんだ、なんでルルリアの部屋にエリナが……?」
「お兄さま、ごきげんよう。今日は、ルルリアお姉さまに私の婚約パーティーのお手伝いをしていただいているのです」
「……ああ、そういうことか」
私の返答に眉間のしわをさらに深くして、ロイは軽く眼鏡を直し、しばらく鋭い眼光で私をねめつけ、ロイは深いため息をついた。
「確か、この前の晩餐会ではお前はお父様の機嫌を損ねていたな。次はうまくやれよ」
「はい、重々気を付けます」
「くれぐれもアイゼンテール家に恥をかかせるな」
そう言って鋭くもう一度私を睨みつけると、ロイは踵を返してルルリアの部屋を後にした。
すみません、忙しい日々(婚約パーティー準備編)2話にまとめきりませんでした……。三話に分けます。
3話以内に終わらせるのでしばしお待ちください……!
ブクマ、評価いただきましてありがとうございます!とても励みになっています!





