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14.悪役令嬢、登場!(1)

 急に社交デビュー&婚約パーティーを命じられ、翌日から私たちはかなり慌てることになった。

 ローラハム公(おとうさま)が婚約パーティーに指定した日まで一月(ひとつき)足らず。会場はこの城の中央棟にあるメインエリアだ。それまでに私たちはパーティーに必要なことを一通りこなさなければならない。


 朝食を終えて一息ついた私は、いつもよりいそいそと慌ただしく片付けるゾーイとミミィに尋ねる。


「ねえ、社交デビューって、どうするの?」

「一般的には王宮で行われるパーティーで社交デビューして皆様の前でお披露目されるのが一般的です。ただ、エリナ様はお時間がないので、婚約パーティーが社交デビューの場になるかと……」

「そ、そうなんだ」

「本当は、社交デビューをきちんとしていただきたかったのです。アイゼンテール家は有力貴族といえども、やはり辺境のオルスタでパーティーを開くとなると限られた人しか来られませんわ。エリナ様はこんなに利発でかわいらしい方なのに、大勢の皆さまの前できちんとデビューできないなんて、本当に嘆かわしいことです。ローラハム公も、今回の件に関しては非常識ですわ!」


 どうやら社交デビューと婚約パーティーを一緒くたに行ってしまうのは、一般的なことではないらしく、ゾーイは明らかに憔悴していた。ミミィは頷きながらプリプリと怒っている。


「一月で用意しろ、なんて土台無理な話なんですよ。エリナ様付きは私と乳母のゾーイ様だけ。あからさまに社交デビューを失敗しろって言っているようなものです!」

「え、もしかしてパーティーは私たちだけで準備しないといけないってこと?」


 ミミィとゾーイは神妙な顔で頷く。


「手配すればもちろん、動いてはもらえますよ。予算もかなりたくさんいただいております。……だけれど、ホストはローラハム公とエリナ様ですので、基本的には私たちが指示しないといけないんです……」

「それは、控えめに言ってかなり無理じゃない!?」

「はっきり言っちゃうと無理かもしれません……」

「ええーーー!!」


 いきなり超ハードモードのイベントが発生したようだ。

 ゾーイとミミィでは人手が足りないのは自明のことだった。もちろん、私も手をこまねいて二人にまかせっきりにする気は毛頭ない。

 私は腕を組んだ。今後の円滑な貴族生活のためにも、できればこの社交デビュー、失敗したくないし、せめて無難にやりたい、というのが私の第一の願いだ。いつなんどき憧れのアベル王子に出会えるかわからないけれど、「社交デビューで大失敗した令嬢」という印象を与えるのだけは避けておきたい。

 だが、現状の待遇を考えれば、ローラハム公にとっては、いつも軽んじている末娘の社交デビューごとき、失敗しようがしまいが特に関心はないことは明らかだった。ローラハム公の積極的な協力は期待できない。

 つまり、ローラハム公に挑戦状をたたきつけられたようなものなのだ。「できるもんならやってみろ」と。


(やってやろうじゃないの)


 私は強く拳を握った。絶対この勝負、負けない。


「とりあえず、ゾーイ、やることを全部リストにしてちょうだい! 余すことなく、細かいことまで全部よ! かかる時間もその横に書いてね」

「ええ、全部ですか? それよりもすぐにでも準備に取り掛かりたいと考えておりまして……」

「いいえ、計画をたてて、できることを取捨選択していかないと。予算が潤沢にあるのなら、できないことは外注しましょう。やみくもに動いても意味ないわ」

「え、エリナ様!?」

「ミミィは日々のルーティーンの仕事で、できるだけ省けそうなものを考えておいて。省いた時間をパーティーの準備に充てましょう」

「えっ、ハイ!」

「じゃあ、やるわよ! やってやろうじゃない!」

 

 急にやる気を出した私に驚いた顔をしながら、ゾーイとミミィがコクコクと頷いた。


□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇

 

 私がゾーイの作ったリストから、まっさきに手をつけたのは、ドレス選びだった。


「このドレスの2か月っていうのが一番時間がかかるわね」

「そうなのです。それなりのドレスをオーダーすれば、2か月はかかるものです。社交デビュー用の豪奢なものであればもっとかかりますわ」

「それじゃあ、もう新しく作るのをあきらめて、お姉さまのドレスを転用するのは?」

「まさか、ルルリア様のお下がりを着るということですか? せっかくの社交デビューですよ!?」

「でも、現実的に新しいものを仕立ててもらうのは無理でしょう。まったく同じものを着ようと思ってはないわ。仕立て直してもらうのよ。そしたら、土台がある分、短い期間で仕上がるでしょう?」


 ゾーイは逡巡したものの、しぶしぶ頷くと、ミミィに事情を話してすぐにでもルルリアの衣裳部屋を見せてもらえるよう、許可をとるように伝える。ミミィは頷くと、テキパキと西棟へ向かった。


「そういえば明日、婚約者のシルヴァ様がいらっしゃいますわ」

「チッ、忙しい時に来るわね」

「舌打ち!? そ、そんな、いけませんわエリナ様!」

「まあ、シルヴァ様は適当にあしらうから、とりあえず明日は中央棟の客間で会いましょう。できるだけ短時間で済ますわ。その前に、セバスチャンにアポを取って……」


 取りこぼしがないようにゾーイの書いたメモをにらみつつ、綿密な段取りの打ち合わせをしているうちに、あっという間に午前中が終わろうとしていた。やはりパーティーを開くとなると、それなりにやることが多い。

 そのうち、昼過ぎに昼食を持ったミミィが返ってきて、衣裳部屋に入る許可が下りた旨を伝えられた。昼食もそこそこに、私たちは西棟へ気持ち小走りで向かう。いくら仕立て直してもらうとはいえ、やはりドレスについての依頼は早いほうが良いと判断したのだ。

 初めて訪れた私以外の家族の住まう西棟は、とてつもなく豪奢で、私の住む東棟とは全く趣が違っていた。壁一面に絵画とタペストリーが飾られ、等間隔に甲冑人形が並んでいる。天井にはきらめく無数のシャンデリア。アイゼンテール家がこの国の大貴族である証たる豪華絢爛な建物だった。

 ルルリアの3階の衣裳部屋の使用を許可したのは、ルルリア自身ではなく、ルルリアの乳母だったらしく、私たちを3階のエントランスで待ち構えるように立っていた。ゾーイがあからさまに嫌そうに眉をしかめたが、すぐに頭を下げる。


「バナリア夫人、許可をいただき、感謝しますわ」

「いーえ!そちらのメイドのミミィちゃんから、事情は聴いております。わたくし、大変心を痛めておりますのよ。協力できて光栄ですわ」


 ルルリアの乳母、バナリア夫人は、恩着せがましくそう言うと、甲高い声で、オホホ、と笑った。相変わらず化粧がケバい。


「おいたわしゅうございますわ、エリナ様。まさか、社交デビューのドレス一着も仕立てる時間もいただけないなんて。姉上のルルリア様のドレスですけれど、どれも最高のものが揃っておりますわ。なんてったって、社交デビューの時にはオートクチュールを6着も揃えていただけましたもの!あまりに出来が良いものが多いものだから、衣裳部屋に残しておきましたのよ。まさかこんな形で使われるとは思ってなかったけれど、どうぞ活用しなすって」

「……ご厚情、感謝します」


 私が腰を折って感謝の言葉を口にすると、勝ち誇ったようにもう一度バナリア夫人は甲高い声で笑う。ゾーイが口惜しそうに私の横で唇を噛んだ。私からは見えないけれど、背中から殺気を感じるので、私の後ろに立っているミミィも恐ろしい顔をしているに違いない。

 得意げなバナリア夫人に通された衣裳室は私の部屋より広いくらいの部屋だった。所狭しと豪華絢爛な色とりどりのドレスたちが並んでいる。


「好きなだけ見て行ってくださいませ。他にももちろん衣裳部屋はあるのですけれど、ここにあるものすべてルルリア様には小さくなったものばかりですわ」

「わあ、すごい……」


 素直に称賛の声が口をついた。あまり普段ドレスの類には興味がないけれど、ここにあるドレスはどれも一流で仕立てが良いものだとすぐにわかる。どれにしようか、と手近な一着をてにしたところで、ふいに高飛車な声が降ってきた。


「あーら、そのお手入れされていないボサボサの銀髪頭、エリナじゃない? 東棟の妖精の姿を久々に見たと思ったら、私の衣裳をあさってどうする気ですの? 使用人たちとパーティーする気?」


 広い広いクローゼットの小上がりになった場所から、出窓からの後光をバックにきらきらとした金髪の美少女がこちらに向かって歩いてくる。

 決して低くないだろうプライドが見え隠れする美しい碧の双眸。動くたびにきらめく完璧な縦カール。どこにいても目立つだろう、その威風堂々としたいでたち。


(悪役令嬢として完璧すぎる登場の仕方ね……)


それは、私の姉であり、エタ☆ラブの悪役令嬢、ルルリア・アイゼンテール、その人だった。

やっと悪役令嬢でてきました(笑)


☆追記☆

すみません、あまりに文字数が多かったので、(1)(2)で分けました!

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