13.エリナの正体
調理場でガウスが声を潜めながら教えてくれた私の出生の秘密は、予想していたより何倍も複雑だった。
エリナの母、ソフィア・アイゼンテールは、アイゼンテール家に嫁ぐ前から優れた魔法使いとして名を馳せていた。それに目をつけたのが、エリナの父、ローラハム・アイゼンテールだった。
ソフィアは学問を修めゆくゆくは自分の研究所を立ち上げたいという夢を持っていたようだが、結局、親の強い勧めで有力貴族であるローラハム公と婚儀を結んだ。
二人の間には子供ができた。それが、エリナの兄と姉、ロイとルルリアだ。
しかし、第二子であるルルリアを産み、しばらくしてから、ソフィアは夜の国の国境線とも言われる、オルスティン山の麓付近で国境を守る騎士に目撃されたことを最後に、忽然と姿を消した。
ローラハム公は王宮内で取り沙汰になり、自らの地位が揺らぐことを恐れ、ソフィアの失踪を表沙汰にせず、産後の肥立が悪く、病床に臥せっていると偽った。ただ、裏では膨大な金と権力、人脈を駆使して夜の国周辺を必死で捜索させていた。しかし、ソフィアはいつまでたっても見つからず、ついに一年経ってしまった。
ある夏の日、生まれたばかりの銀髪の美しい女の子を連れて、ソフィアは城に再び戻ってきた。聞けば、赤子は彼女が産んだのだとソフィアは平然として言った。
一年も音沙汰のなかったソフィアが抱いた赤子は、確かにソフィアの生き写しのようにそっくりだったものの、当然夫であるローラハム公の子ではないと城の誰もが思った。赤子は、ソフィアが夜の国の住民と交わってできた子供だとローラハム公に助言する者すらいた。
しかし、
『ほら、可愛いだろう』
漫然と微笑むソフィアの一言にローラハム公は黙って頷くと、すぐに赤子にエリナと名付け、教会で子供が産まれたときの正式な手続きを踏んだ。
そして、アイゼンテール家の次女として乳母をつけて育てられることになり、銀髪の赤子はスクスクと成長した。
……というのが、ことの経緯、つまり私の生い立ちらしい。
「まあ、俺がここにくるずっと前の話だから、多少嘘も混じってるかもしれないぞ。ただ、このことについて絶対に城の外では話せないように、この城の使用人全員契約を結んでいる。話したらどんな罰が下るかわからないから、俺たちは城の外では絶対このことは口にしない。だから、城の外にこの話が漏れることはまずない」
「なるほど、だからシルヴァ様は、魔法や夜の国の話を私にしてきたのね。全くこの話を知らなかったんだわ」
「そうだろうな。この国では魔法とか夜の国とかの話なんて、話題としては普通だからな」
「……。城の中ではこの話ができるはずなのに、私は全然知らなかった。みんな、私の前では気をつかってくれてたのね」
「お前のところの乳母……ゾーイ様が口厳しく言うからな。それに、あんまり、知りたい内容じゃないだろ、こんなこと」
ガウスは気遣わしげに私を見た。優しい薄茶色のツリ目ががこちらを心配そうに見ている。
「まあ、そうね。でも、口さがない人から急に告げられて傷つくより、ガウスのような優しい人から教えてもらった方がずっとずっとましだったと思うわ」
「…………」
「言いにくかったでしょう。教えてくれてありがとう、ガウス」
「ありがとう、なぁ……。よくここで俺に礼が言えるよ。大したもんだ」
ガウスは微笑んで、照れたように頭をかいた。それから、私の手元ですっかり冷めてしまったお茶を、もう一杯淹れなおしてくれた。
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「はあ、思ったより重い話だったわぁ……。っていうか、私、モブキャラのくせに設定がえらく重いのよ」
ガウスから事の真相を聞いた私は、自室に帰って真っ先にため息をついた。
話を聞き終わった後、あまりに私が蒼い顔をしていたので、ガウスが自室まで送ろうか、と申し出てくれたのだが、話が長引いてしまい、仕込みの時間が始まりそうだったのもあり、仕事を邪魔するのも申し訳なくて辞退したのだ。しかし、帰り道の記憶はほとんどない。未だに足がフワフワする。
(私は、ローラハム公の実の子供ではない可能性があるってことね)
出自に対する困惑はかなり大きいものの、ローラハム公や、ルルリア、ロイから距離を取られる理由がわかり、なんとなくホッとした自分もいる。
おそらく、本当のことを知っているのは母のソフィアだけなのだろうが、あの、気高く近寄りがたい、精巧な人形のような雰囲気をまとったソフィアが、簡単に真実について口を開くとは思えなかった。
「あれ、お嬢様、帰ってこられました?」
私が自室に帰ってきたことに気付いたらしく、ミミィがとなりのバスルームから顔をのぞかせた。どうやら掃除をしていたようで、手にはモップを持っている。
「ミミィはお掃除? 手伝おうか?」
「またまた、お嬢様はお優しいから、そうやって私たちの仕事を手伝おうとしてくださいますけど、大丈夫ですから!」
「そう? 二人でやった方が早く終わらない?」
「お嬢様なんですから、そういうことはしなくていいんです!」
ミミィは頬を膨らませた。相変わらずの仕草に、私はほっとする。
「ゾーイ様がもう少しでローラハム公との面談を終えて帰ってこられますから、それまで待っていてくださいね。お茶がいるときは声をかけてくださーい!」
「はーい」
軽く返事をすると、仕方なくゾーイが返ってくるまで、読みさしの本を読み始めることにする。
(ま、教会に届け出を出した以上、私は公式には一応、ローラハム公の娘なんだし)
ガラでもないけれど、お嬢様生活も悪くない気もし始めたのだ。必要以上に悲観しない、と決めて、私は再び本を読み始めた。
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ゾーイがバタバタと帰ってきたのは、オルスティン山の山すそが紫色に染まり、日もだいぶ傾き始めたころだった。夕食の前に、ゾーイは真剣な顔で私と向き合う。
「お嬢様、大事な2つお話があります。まず一つ目は、魔法・乗馬のレッスンが許可されました。私もこれは驚いたんですけれど……。すぐにセバスチャンが家庭教師を選抜してくれるそうですよ」
「あれ? 意外とすんなり私の要望が通ったわね」
「最近、お嬢様が東棟を歩き回っては厨房で料理をしたりメイドの手伝いをしたりしているという噂を、どこかでローラハム公はお聞きになったようで……」
ゾーイは言いよどんだ。たぶん、貴族のお嬢様らしくない行動がローラハム公の目についたのだ。まあ、一般的な高貴な貴族たちの感覚からすれば私の行動は奇行にあたる。咎められて当然だ。
「厨房やメイドの手伝いをする暇があるなら、家庭教師を雇って忙しくさせたほうがマシってことね」
「……簡単に言ってしまえば、そうですね」
「ゾーイは、私のせいで怒られたりしなかった?」
「好きにさせろ、と……」
「ああ、私なんかの行動に逐一興味はないってことね。本当、あからさまなんだから」
「あまりそうやってローラハム公を悪く言うものじゃありませんよ」
ゾーイの言葉に私は肩をすくめてみせる。とりあえず私は、ゾーイがローラハム公に私の行動のことで咎められなかったことに安心した。私のことでゾーイが怒られるのはかわいそうだ。
「それにしても、ローラハム公に伝わるの早かったわね」
「私、厨房の方にもメイドたちにもエリナ様の日々の行動は必要以上に言いふらさないように伝えたのですけど、簡単にローラハム公のお耳に入ってしまいましたわ。まったく、みんな口が軽いんだから」
ため息をついてゾーイはふくよかな頬を撫でた。ローラハム公に私の行動が筒抜けなのは正直良い気はしないけれど、結果的にこちらの要望が通ったので今のところは良いだろう。
「それで、二つ目は?」
「どうか驚かないでくださいまし。シルヴァ様との婚約が正式に決定しました」
「えっ」
「昨日のうちに、ニーアマン伯爵とどうやら取り決めが交わされたみたいで……」
(昨日のうちに正式に婚約!?)
ゾーイとの面談の前、ということは、こちらの意向を聞く気はさらさらなかったらしい。
「じゃあ、シルヴァ様は正式に、私の婚約者に……」
「そうですね……。それから、シルヴァ様から面会のお願いが、また2日後に」
「急じゃない!?」
「しかもエリナ様は社交デビューもまだですのに、婚約パーティーを一月以内に開くと大公がおっしゃっていて……」
「一月以内に社交デビューして婚約パーティー!?」
私が絶句していると、ゾーイも難しい顔をして頷いた。展開が早すぎてついていけない。
こうして、異世界に来て2か月、私はあっさり年上の婚約者ができてしまった上に、強制社交デビューまで決定し、今までの穏やかな日々が一転して怒涛の日々が始まることになる。
次回、お姉さま出てきます!
慣れないことを始めてしまったのですが、ツイッター始めました!
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