12.反省会
「最後に後ろで笑ったの誰よー」
婚約者(仮)と初めて顔を合わせたあとの夕食後、もはや恒例となった雑談タイムに、私が唇を尖らすと、ミミィとゾーイが気まずそうに目を合わせた。
「ミミィです」「ゾーイ様です」
「お互いに罪をなすりつけあわないの!」
私の言葉に一瞬しょんぼりした顔をしてみせたものの、しばらくすると二人はこらえきれずに一斉に笑い出した。
「シルヴァ様も健闘されましたよ。だけど、いい雰囲気をつくっておいて、自信満々に次の約束をとりつけようとしたのに、エリナ様ったら『ローラハム公を通してください』ってピシャリとお返事されて! シルヴァ様のびっくりしたあのお顔!」
「シルヴァ様、一瞬ハトが豆鉄砲食らったような顔してましたもんね~! 決め台詞、台無しで!」
「執事のセバスチャンもふきだしてましたもの。私、この数年間で初めてあの人が笑うの見ましたよ」
「じゃあ笑ったのはセバスチャンさんですね! それにしても、おかしかったぁ」
あろうことか執事のセバスチャンに罪をなすりつけ、ケラケラと笑う二人に、私は思いっきりむくれてみせた。
あっちの世界では26年間恋愛経験のない私が、イケメンにいきなり口説き文句を言われたところで、気が利く答えがすぐに出てくるわけがない。
「シルヴァ様のお嬢様攻略はなかなか厳しい道ですよね~。お嬢様、シルヴァ様はあんまり好みじゃない感じですか?」
「かっこよくて素敵な人だなとは思ったけど、どうも手馴れ過ぎてるっていうか……」
「まあ、モテるだろうなって感じですよね」
うんうん、とミミィが頷き、ゾーイも逡巡した後にやはり神妙な顔をして頷く。やっぱりほかの人から見ても、シルヴァは女慣れしているらしい。
(あんなにイケメンで、エリートで優しくて、話も如才ないんだから、そりゃあ引手あまたよねぇ……)
あまりのイケメンっぷりに一瞬恋に落ちそうにはなったけれど、一歩引いて考えてみればわかる。シルヴァ・ニーアマンが狙っているのは、エリナ・アイゼンテール自身ではなく、あくまでアイゼンテール家とのコネクションだ。本来なら、だいぶ年下のエリナなんか歯牙にもかけないところだろう。
(空しい気もするけど、政略結婚なんてこんなもんなんだろうなぁ)
ふう、と私はため息をつく。
とりあえず、正式な婚約でない以上、私はこの婚約話は静観することにしていた。憧れのアベル王子の攻略に励みたいところだけど、今のところ私はアベル王子と何のつながりのないただのモブキャラなのだ。なにか糸口を見つけなくてはいけない。
「ああ、そうだ、ゾーイ、一つ聞きたいことがあったの」
「はい、なんでしょう?」
「私、今は家庭教師はマナーと一般教養だけでしょ? 魔法のレッスンもうけられないのかな?」
一瞬その場の空気が凍った。笑いながら談笑していたミミィもゾーイも顔が強張っている。
(え、何、また地雷踏んだ?)
そういえば、シルヴァが魔法の話をした時も、どことなく皆の雰囲気が重苦しいものになった気がする。
「あの……」
「お嬢様、刺繍とかダンスとかはどうですか? 姉君のルルリア様はそれはそれはお上手みたいですよ。あと、楽器も今度始められると聞いています!」
慌ててミミィがほかの案を提案する。ゾーイは蒼い顔のまま「それもいいですわね」と頷くものの、ぶっちゃけ刺繍もダンスもあまり興味はない。
私が微妙な反応をしたので、ゾーイは別の案を提示した。
「そ、それならば、乗馬はいかがです?」
「乗馬はおもしろそう! だけど、魔法のレッスンも受けてみたいのよ。ほら、シルヴァ様の魔法、すごい面白かったし」
「エリナ様……」
難しい顔をして、ゾーイが腕を組む。私はダメ押しで、おねがい、と上目遣いで頼んでみる。いつもなここですぐにゾーイは仕方がないですね、と折れてくれるのだが、今日は一筋縄ではいかなかった。
「難しいとは思いますが、ローラハム公にお伺いだけでもたててみますので……」
「ありがとう、ゾーイ。ローラハム公からすぐに返事はもらえるかしら」
「ええ。実は明日、ローラハム公に呼ばれているのです。今夜はニーアマン伯爵がお城に滞在されますから、お見送りした後になるとおもうのですけれど、おそらくシルヴァ様のことでしょう。その時に、聞いてみましょう」
「ありがとう、約束よ?」
「あまり、期待はしないでくださいまし」
ゾーイは困ったように微笑んだ。
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次の日。
「え、昨日、未来の婚約者に会っただぁ!?」
ポナイの実を剥いていたガウスが素っ頓狂な声をあげた。
「そうなの。急な話だったから本当にびっくりしちゃって」
私は軽く頷くと、昨日作りかけで出来上がりが食べられなかったクッキーをかじる。今回試作したクッキーはちゃんと美味しいのでほっとした。
今日はクッキング教室はお休みで、ガウスと雑談するためだけに私は調理場に足を運んだ。
ガウスは「また来たのか」と笑いながら、クッキーと紅茶をふるまってくれた。ほかの仕込みまでまだ時間があるので、調理場に人の姿はまばらだ。
ガウスは頬杖をついた。
「その、婚約者ってのはどうだったんだ?」
「まだ正式な婚約者ではないみたい。とりあえず、昨日の訪問は顔合わせ程度だったっていうか。8歳年上の魔法騎士をやってる人だって」
「はー、そうなのかぁ。まあ、年は結構離れてるけど、親と子くらい歳が離れてるヤツとの婚約じゃなくてよかったな。それにしても、ついに妖精嬢も婚約かぁ……」
感慨深げにつぶやくガウスに、私は苦笑してみせる。
「10歳で婚約なんて早いよねぇ。私、全然実感わかないわ」
「まあ、貴族様にしては遅いほうじゃないか? ルルリア様なんて2歳で婚約者がきまっただろ。ロイ様は生まれる前から婚約話が殺到してた話だったし」
「えぇ!?嘘でしょ」
「本当だよ。婚約なんて結婚と違って、ただの口約束だからどこの親もあっさり決めちまうのさ。複数いる時だってあるしな。妖精嬢は遅すぎるくらいだ」
「ああ、そういうものなんだ」
ガウスと少し婚約の話をしてみると、確かにこの世界の婚約はそこまで厳格なものではないようだった。婚約者がいたとしても、それ以外の人と結婚することもよくあるらしい。それから、この国は一夫多妻制なので、妻が複数いることも稀なことではない。
あまりにいろいろ私が質問するので、野菜を剥いていたガウスはちょっと手を止めて、呆れたように笑った。
「妖精嬢は本当に何も知らないんだな」
「そうね。我ながら本当に世間知らずだと思うわ。……私のことだってよくわかってないんだもの」
「ん? どういうことだ」
私はふと、とあることを聞こうと決意して、拳をぎゅっと握る。
(これは一種の賭けだわ)
ガウスは正直者で嘘がつけない上に、明るい性格故にメイドたちとも軽口がたたける程度に仲が良いらしく、意外と情報通だ。
だから、この城のタブーのことも知っているはず。
「あのね、ガウス。『夜の国』や『魔法』について、私の前でみんなが話したがらない理由を教えて?」
ガウスは持っていたポナイの実をポトン、と落とした。
この城で過ごして2月経ち、私の前では徹底して語られない言葉があることにうすうす気づいていた。「夜の国」と「魔法」に関連した言葉だ。それはメイドから家庭教師、調理人たちまで徹底されていて、私がそのことについて尋ねると、なんとなくぎこちない雰囲気になり、はぐらかされたり、話題が変わったりするのだ。
この城の新参者だったシルヴァはそのことを知らず、昨日は私に夜の国と魔法についての話題に触れてしまったのだろう。ということは、箝口令が敷かれているのはこの城の中だけ。タブーについて知りたければ、この城の人に聞かねばならない。
「そういうことは、ミミィとかゾーイ様に聞けよぉ」
「あの二人はダメよ。いくら聞いても答えてくれないんだもの」
「ああー、だから俺に聞いてるのか」
「話しにくいことを聞いてごめんね。卑怯だけど、ガウスは嘘がつけない人だから、こういうこと聞いてるの。ガウスしか頼れないのよ」
頭を抱えるガウスに、私はお願い、と食い下がる。落としたポナイの実を拾って、低くうなると、ガウスは決心したように私と向き合った。
「妖精嬢、いや、エリナ様。これはお前さんにとってはたぶんショッキングなことだと思うけど、いいな?」
「もちろんよ。覚悟はできてるわ」
「本当か?俺が泣かせたみたいになるから、絶対泣くなよ」
「もちろん」
そう前置きして、ガウスは知っている限りの情報を教えてくれた。
それは、エリナ・アイゼンテールは実はローラハム公の子供ではないかもしれない、という衝撃の内容だった。
次回伏線回収します!





