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~御殿山~ 3

 街道沿いの道端には白や黄色の花が咲いている。

 独特の強い薫りは、菊の花である。


 元々この国には、野菊は多く自生していたが、栽培菊はなかった。

 今でこそ、国を、皇室を象徴する花であるが、平安の初めに大陸より伝わって広く親しまれるようになった。


 九月は菊の月である。


 重陽ちょうよう---菊の節句、九月九日は五節句ごせっく人日じんじつ(一月七日)、上巳じょうし(三月三日)、端午たんご(五月五日)、七夕しちせき(七月七日)、重陽ちょうよう(九月九日))の中でも、締めくくりの行事として最も盛んに行われた。


 重陽は、邪気を祓い、不老長寿や繁栄を願う大事な節句であった。


 ---遠くに、懐かしい外郭南門が見えた。


 ほんの数ヶ月前に、あの門を出たばかりだというのに、はるか昔のように経清は感じていた。


「なんか、懐かしいな。」

 隣で、永衡が声に出して呟いた。


 近づくにつれ、菊の薫りが強くなってくる。


 巨大な南門から、こちらへ駆けてくる小さな人影が三つ・・・。


「永衡さま~。」

「経清さま~。」

 三人並んだ内の左右から、声が聞こえる。

 ---手を振って、叫んでいるのは中加と一加であった。

 真ん中で、ただひたすら先頭になって駆けてくるのは、有加だった。


 経清たちの目の前で、三人が立ち止まると、菊の薫りが更に強くなった。


「経清さま・・・よくぞ、ごぶ・・。」

 有加が、胸の前に菊の花束を持って言葉を発する。


「永衡さま、ご勝利、おめでとうございます!」

 有加の言葉に被せるように、中加が菊の花束を永衡に差し出す。


「あ、おぉ。かたじけない。」

 その束を思わず受け取った永衡。


「お二方ともご無事でなによりでした。さあ、有加ねえさま。」

 一加がそう言って、自分の持っていた花束も有加に渡して、姉の背を押した。


 弾かれるように一歩前に出た有加は、その束を経清に差し出して言った。

「ご無事でお戻りになられることを、信じておりました。」


 受け取った花束を呆然と見つめている経清に、一加が声をかける。

「おかえりなさい。経清さま、永衡さま。」


「た、ただいま。有加どの、中加どの、一加どの。」

「みなさま方、ただいま戻りました。」

 経清と永衡は、ようやく我に返って、応えた。


「おかえりなさいまし。」

「おかえりなさい。」

「おかえり~。」

 三姉妹が、笑顔で声を揃える。



 府下は華やいだ雰囲気に包まれている。 


 五人で南門をくぐり、政庁へと向かった。

 

 正殿前に至ると、三姉妹は『のちほど。』と言って立ち去った。


 経清ら二人だけで、正殿に上がる。


 中には、安倍頼良はじめ、安倍の兄弟たちが居並んでいた。


「お久しぶりでございます。」

 二人が、並んで頭を下げる。


「よう来てくださった。お二方は、家族も同然じゃ頭をあげられよ。」

 頼良が、笑顔で即す。


 経清らが並んで座すると、頼良が口を開いた。

「国府の館と曰理の舘の件、それと一族郎党いちぞくろうとうが世話になったこと、あらためて礼を致す。」

 頼良はじめ、安倍兄弟たちが頭を下げる。


「いやいやいや、我らは何もしておりませぬ。ただ館に篭っていただけのこと、みなさま方にそのように頭を下げていただくようなことはしておりませなんだ。のう、永衡。」

「お、おう、まさしく。」

 二人は慌てて手を振って、恐縮する。


「だが、まかり間違えれば、当家の者たちは登任に捕えられ、謀反人としてころされるところであった。ましてや一人も欠けることなく、鹽竈神に預けていただけたのは望外の喜び以外の何ものでもござらん。本来であれば真っ先に、わしら自ら、鹽竈神に戦勝の御礼をせねばならぬところ、それもしばらくは叶わぬ状況で、一族の者たちが揃って奉斎する機会が得られたことは、せめてもの救いであったのです。」

 まっすぐに経清たちのことを見ながら話す頼良の言葉に、宗任ら安倍兄弟は一様に深く頷いた。


「それもあらかじめ、安太夫殿に言われていたとおりにしたまでのこと。あらたまって礼を言われるほどのことではありません。」

「いかにも。」

 経清の言葉に、永衡も頷く。


「ところで、新しい権守殿はどのような方であったかな?」

 譲り合いが続いてはらちがあかないとでも思ったのか、頼良が話題を変えた。


北家魚名流ほっけうおなりゅうの流れをくむ末茂流すえしげりゅうのお方と聞いております。子に光貞みつさだ元貞もとさだの兄弟と娘がおり、共に下向しております。」

 経清が、答える。


「娘まで連れてくるとは珍しいな。」

 貞任が、言った。


「この際、陸奥こちらに基盤を築くつもりであろうよ。」

 宗任が、応える。


「次郎兄者は、娘ごが気になるか?」

 正任が、まぜっ返す。


「五郎、なにをくだらぬことを言っておる。都人みやこびとの娘など要らぬは。」

 貞任が、正任を睨みつける。


「ははは。次郎殿、あちらも地の者のことは信用できぬと見えて、郡司、郷司はみな所領に帰らせて、国府は直属の兵によって守りを固めております。新任の権守殿は、狡獪こうかいなところがあるようです。」

 経清は、嘲笑いながらも一言添えた。


「ほう、ではなおのこと、五郎の言のような軽はずみな言葉は、慎まねばなるまいな。」

 頼良が、ほんの少し目を細くして言った。


「・・・そういえば、良照殿と官照殿の顔が見えないようだが?」

 永衡が、あたりを見回して言った。


「ああ、二人にはちと都まで行ってもらっておる。」

 頼良が答える。


「都へですか?私戦とはいえ、国守に弓を向けた直後に危なくはないのですか?」

 経清が、心配して尋ねる。


「確かに際どいところではあるが、少々派手に暴れてしまったのでな、太政官の連中が次になにを仕掛けてくるのか、ようよう耳をそばだてておく必要があると思ってな。」

 頼良が、頷きながらも問に答える。


「それに、僧形のあれらならば、寺社の多い都ではかえって目立たぬであろうよ。それと四郎--官照には、それらの寺社をとくと見聞してくるように言いおいてある。いずれは、衣川の館のそばに、奥六郡を含めた陸奥の地を安んじる寺院を建立したいのだ。」

 そう言って頼良は、口元に笑みを浮かべた。


 それを聞いた経清たちは、目を見開いて『なるほど。』と呟いた。

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