第8話 巨鬼の一撃粉砕
『初心者の迷宮』第二階層の最奥を突破した俺は、新しくパーティを組んだ魔導士のクラリスと共に、巨大な石造りの階段を降りていた。
目指すのは、未熟な冒険者なら命を落とす危険地帯――第三階層、通称「中層」だ。
階段を一段ずつ下りるごとに、上層よりも冷たく湿った空気が濃くなっていく。
階段を降りきった先には、黒ずんだ湿潤な岩壁と高い天井を持つ広大な通路が広がっていた。
クラリスが青と白の上質な魔導ローブの裾を揺らし、先端に風の宝珠を嵌め込んだ細身の魔導杖を構えた。
澄んだ碧眼をすがめ、周囲の気配へ意識を集中させる。
「……上層とは魔力の密度が違いますわね。それに、前方奥の広間から、ひどく重苦しい魔力の反応を感じます」
クラリスが【魔力感知】を展開しながら、硬い声で警戒を促してきた。
「ああ。足元にも残ってるな」
俺が視線を落とすと、濡れた石畳の上に巨大な足跡が深くめり込んでいた。
第二階層の最奥で見つけたものと同じ痕跡だ。大人が両足を揃えてもすっぽりと収まるほどの巨足が、頑丈な岩を抉りながら前方の通路へと続いている。
「行きましょう、エルンさん。足音を忍ばせて」
「了解だ」
俺たちは呼吸を合わせ、足音を殺して慎重に通路を進んでいった。
通路の角を曲がると、視界が一気に開けた。
そこは、天井から無数の鍾乳石が垂れ下がる、ドーム状の広大な広間だった。
冷たい地下水が岩肌を伝って滴り落ちる音が、静まり返った空間に小さく反響している。
その広間の中央へと足を踏み入れた瞬間だった。
ドスン……ドスン……。
奥の暗がりから、地響きのような重い足音が響いてきた。
足音が近づくたびに、足元の石畳が微かに震える。
俺は即座にクラリスを背後に庇うようにして一歩前へ出た。
腰に帯びた新調の鉄の剣の柄に手をかけ、一気に鞘から抜き放つ。
低く腰を落とし、白刃を構えて暗闇の奥を睨みつけた。
現れたのは、これまでの魔物とはまるで次元の違う巨体だった。
体長は三メートルを優に超えている。
赤黒い鋼のような硬質の皮膚に覆われた、丸太のように太い筋骨隆々の肉体。
充血した凶悪な双眸が、侵入者である俺たちをギラギラと見下ろしていた。
そしてその右手には、大木をそのまま削り出したかのような、禍々しい丸太の棍棒が提げられている。
第三階層の主――Dランク魔物「巨鬼」だ。
「グオオオオオッ!!」
鼓膜を激しく揺さぶるような咆哮が、広間全体に轟いた。
巨鬼は巨大な棍棒を振りかぶると、床を蹴り割るような勢いで猛然と突進してきた。
巨鬼が突進の途上で、行く手にあった広間の巨大な岩柱へ向けて、横薙ぎに棍棒を振るった。
ズガァァァンッ!!
凄まじい破壊音が爆発した。
大人が二人がかりでも抱えきれない太さの岩柱が、丸太の棍棒の一撃で跡形もなく粉々に粉砕されたのだ。
砕け散った無数の岩の破片が、激しい突風とともに広間中へ弾け飛ぶ。
もしあの直撃を受ければ、防具ごと肉体を叩き潰されて即死する。
破片が飛び散る中、俺は刃を構えたまま一歩も退かずに間合いを計った。
(集中しろ……確実に一撃で決める!)
かつての俺なら、この威容を見ただけで恐怖に足が竦んでいただろう。
だが、Lv15まで成長した今の俺の感覚は、飛来する破片の軌道も、巨鬼の突進速度も、極めて鮮明に捉えていた。
背後でクラリスが息を呑む気配がした。
だが怯む気配はなく、すぐさま俺の背後から前へと魔導杖が突き出された。
「皮膚が硬く、まともな攻撃は通りません! 私が雷で動きを止めます、エルンさんは急所――眉間か心臓を狙ってください!」
クラリスは杖の先端に青白い魔力を集束させ、凛とした声を張り上げた。
「迅雷よ、穿ち縛りなさい――【雷撃】!」
バチィィッ!!
太い紫電が空気を切り裂いて奔り、突進してくる巨鬼の足元と上半身へ正確無比に直撃した。
激しい電撃が赤黒い巨躯を駆け巡り、青白い火花がパチパチと爆ぜる。
「グガッ……!?」
巨鬼が苦悶の声を漏らし、突進の足がピタリと縫い止められた。
強烈な痺れによって、その巨大な身体に完全な硬直が生まれる。
絶好の好機だった。
巨鬼の動きが完全に止まった刹那、俺は足腰に魔力を巡らせた。
【身体強化】と【瞬歩】を、最大出力で同時に発動する。
ダンッ!
足元の石畳を爆ぜるように蹴り抜いた。
景色が一瞬で後ろへと吹き飛ぶ。
弾丸のような速度で空間を飛び越え、俺は巨鬼の懐へと一瞬で肉薄していた。
巨鬼が電撃の硬直を力任せに解き、棍棒を頭上高く振り上げて一気に振り下ろそうとする。
だが、Lv15に達した俺の敏捷61の踏み込みは、巨鬼の反応速度を遥かに上回っていた。
クラリスが指示した眉間と心臓の位置を捉える。
だが、急所を点で突くまでもない。
【身体強化】によって魔力を全身の筋肉へ巡らせ、腕力60の力を鉄の剣へと一気に注ぎ込む。
鋼のように硬い皮膚ごと、その胴体を渾身の横薙ぎで一刀のもとに断ち切った。
ズバァッ!!
鋭い風切り音とともに、鉄の剣の白刃が巨鬼の強靭な肉体を両断した。
硬質の皮膚も、頑丈な筋肉も、太い骨すらも、白刃が紙のように一気に断ち切っていく。
手元に返ってきたのは、確かな手応えと圧倒的な破壊の感触だった。
「ガ……ッ……?」
巨鬼は棍棒を振り下ろすことすらできず、信じられないものを見るように見開かれた眼球のまま、絶命した。
ドォォォン……!
両断された巨躯が、広間の石畳を揺らして激しく崩れ落ちた。
直後、倒れた巨鬼の死骸から、かつてない規模の青白い光が爆発するように噴き上がった。
天賦スキル【経験値×100】が発動する。
Dランク魔物の百倍という規格外の霊質が、視界を青一色に染め上げるほどの奔流となって、激流のように俺の胸元へと吸い込まれていった。
ドクンッ!
胸の奥が熱く跳ね上がり、頭の中に澄んだ鐘の音が激しく連打された。
脳裏に浮かび上がる数値が、凄まじい勢いで跳ね上がっていく。
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【レベルアップ】
エルン:Lv15 → Lv16 → Lv17 → Lv18 → Lv19 → Lv20
HP:66 → 86(+20)
MP:64 → 84(+20)
腕力:60 → 80(+20)
体力:60 → 80(+20)
敏捷:61 → 81(+20)
魔力:59 → 79(+20)
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(Lv20……! 一気にここまで上がったのか……!)
全身を駆け巡る凄まじい熱量とともに、筋肉、骨格、そして神経のすべてが劇的に強化されていく。
腕力80、敏捷81。
Dランク適正の上限に達する圧倒的な力が、確かな実感として肉体に定着していった。
激しい光の奔流が収まり、静まり返った広間には、両断された巨鬼の巨体が横たわっていた。
冷たい地下水の滴る音だけが、ぽつりぽつりと響いている。
クラリスは魔導杖を構えた姿勢のまま、微動だにせず固まっていた。
碧眼をこれ以上ないほど丸く見開き、広間を染め上げた光の残滓と、真っ二つになった巨鬼の死骸を、開いた口が塞がらない様子で呆然と見つめている。
その沈黙の中、俺は息を整えながら鉄の剣を軽く振って血糊を払った。
腰の鞘へ剣を納めると、巨鬼の死体のそばへかがみ込む。
胸元を護身用の短剣で手早く切り開き、大人の拳ほどもある巨大で上質な魔石を手際よくくり抜いた。
深く澄んだ青色に輝く魔石を布で拭い、腰の革袋へとしまい終える。
立ち上がって振り返ると、俺の胸元と巨鬼の死骸を交互に見つめていたクラリスが、ようやく肺の空気をすべて吐き出すように、震える息を漏らした。
「……嘘……ですわよね? あの巨鬼を一撃で……?」
ぽかんと呟いたクラリスは、夢でも見ているかのように立ち尽くしていた。
「クラリスの雷のおかげで足が止まってたから、全力の一撃を叩き込めたよ。ありがとう」
俺が素直に礼を言うと、クラリスはハッと我に返ったように肩を揺らした。
慌てて背筋をピンと伸ばし、上気した頬を手で軽く押さえる。
「え、ええ……私の魔法が役に立ったのならよかったですわ。……ですが、いくら拘束していたとはいえ、あの硬い皮膚と巨体を真っ二つにするなんて、常識では考えられませんわよ」
クラリスはまだ信じられないといった様子でため息をつき、それから小さく微笑んだ。
「よし、次だ」
俺は腰の革袋に収めた巨鬼の魔石に触れ、Lv20に到達した身体の感覚を確かめながら言った。
「この巨鬼の魔石を持って、一度ギルドへ戻ろう。討伐実績を同期すれば、Dランク昇格と実力確認を受けられるはずだ」
「……ええ。ギルドへ戻りましょう。貴方のその実力なら、文句なしにDランクへ上がれますわ」
クラリスも落ち着きを取り戻し、頼もしそうに頷いた。
俺たちは広間をあとにし、地上へ向けて歩き出した。




