第4話 ギルドの唖然とEランク昇格
迷宮都市バロールの巨大な東門をくぐると、石畳の大通りには夕暮れの橙色の光が長く伸びていた。
始まりの森を抜けて歩いてきた街道の土煙を払いながら、俺は迷宮都市の活気の中へと足を踏み入れた。
門前を行き交う商人や住民たちの間を通り抜け、俺は真っ直ぐに冒険者ギルド支部を目指した。
腰回りに収めた獲物が、歩くたびに確かな重みとなって体に伝わってくる。
朝、追放されてこの門を出たときとは、胸の内の高揚感がまるで違っていた。
大通りを抜けて見えてきた巨大な石造りの建物――冒険者ギルド支部の重い木扉を押し開けた。
中に入ると、夕暮れのロビーは日中の探索や依頼を終えて帰還した冒険者たちでごった返していた。
武具の擦れ合う金属音や、酒場へ向かう前の荒っぽい笑い声があちこちから響き、熱気とざわめきに満ちている。
俺は混雑するロビーを抜け、受付窓口が並ぶ一角へと向かった。
目指すのは、朝に親身になって心配し、ソロ登録への変更をしてくれた受付嬢――ミレーヌさんの窓口だ。
カウンターの奥で、ミレーヌさんは羊皮紙の書類を手際よく整理していた。小走りに近づく俺を見るなり、深緑色の瞳を丸く見開いた。
「エルンさん……! ご無事で何よりです! 怪我はありませんでしたか?」
身を乗り出すようにして、ミレーヌさんは俺の頭から足元までを素早く確認した。
朝、パーティを追放されたばかりで、Lv1のまま単身で始まりの森へ向かった俺のことを、ずっと案じてくれていたのだろう。
泥汚れこそ多少あるものの、傷一つないことを確かめると、ミレーヌさんはホッと胸を撫で下ろして温かい笑みを浮かべた。
心から自分の無事を喜んでくれるその気遣いに、胸の奥が熱を持った。
「ミレーヌさん、ただいま戻りました。素材の換金と討伐報告をお願いします」
「はい、承ります! 本当によくご無事で……」
カウンターの前に立ち、俺はまず腰帯に挟んでいた獲物に手を伸ばした。
森で最初に仕留めた角兎の鋭い角と、ポケットから取り出した小さな魔石一個を、カウンターの上へと置いた。
「まずは、これをお願いします」
木製のカウンターに、角が一本コトリと置かれ、小さな魔石がかすかに光っていた。
それを見たミレーヌさんは、驚いたように目を瞬いた。
「……えっ? お一人で角兎を……?」
「それと、こちらもお願いします」
俺はポケットや革鎧の隙間に詰め込んでいた小鬼の魔石を、両手ですくい出すようにしてカウンターへ次々と並べていった。
掌からこぼれ落ちるように、青白く濁った魔石が転がっていった。
さらに俺は、革紐で一束にしっかりと束ねておいた、大量の小鬼の右耳をカウンターの中央へドサリと置いた。
乾いた重い音を立てて、カウンターの上に魔石と耳の山が築かれた。
目の前に広がる異様な光景に、ミレーヌさんは言葉を失った。
「こ、これ全部エルンさんが……お一人で……!?」
カウンターの上の山と、目の前に立つ俺の姿を、何度も交互に見つめている。
カウンターに響いたドサリという重い音と、受付嬢の動揺した高い声に、近くにいた冒険者たちが一斉に足を止めた。
酒の匂いを漂わせた荒くれ者たちや、武器を手入れしていたベテランたちが、窓口へと視線を集中させた。
「おい見ろ、あのFランクの坊主、何を持ち込んでやがる……」
「あいつ、今朝まで荷物持ちで追い出された、呪い持ちの小僧だぞ?」
「魔石が何十個あるんだよ……それにあの耳の束、小鬼の集落を丸ごと潰した数だぞ……!?」
ロビーのあちこちから、息を呑む音と驚愕のどよめきが一気に広がっていった。
周囲の冒険者たちから、視線が突き刺さってきた。
だが、俺は集まった視線に慌てることもなく、キョトンと首を傾げてカウンターの上の束を指差した。
「……換金と討伐報告、この束で大丈夫でしょうか」
「えっ……あ、はい。……エルンさん、この数はまさか、小鬼の集落の……?」
「はい、森の小鬼の集落を片付けてきました」
何気ない口調で淡々と告げると、ミレーヌさんは受付職員としての表情を引き締めた。
天賦スキル【真贋鑑定】を発動し、瞳に微かな魔力を宿らせて素材の山を素早く検品していく。
「魔石は三十を超えています。討伐部位も……間違いなく本物です」
慣れた手つきで魔石と耳の数を手早く数え終えたミレーヌさんは、驚きを押し殺すように息を呑んだ。
そして、信じられないという顔で俺を見つめると、真剣な声で言った。
「集落へ、単身で入られたのですか……! 本当に無茶は……!」
「大丈夫です。カード、お渡ししますね」
俺が銀色の冒険者カードを差し出すと、ミレーヌさんはそれを受け取った。カウンター脇の魔導端末のスロットへ差し込んだ。
「討伐実績をカードへ同期いたします」
ミレーヌさんが端末に魔力を通すと、端末全体が眩い光を放ち始めた。
規定の討伐数を遥かに突破したことで、端末から澄んだ美しい魔導音がロビー全体に響き渡った。
キィィン――。
澄んだ鐘のような音とともに、スロットに収まった銀色のカードが淡い青白い光に包まれた。
表面に刻まれていた「F」の文字が光の中で溶け、瞬く間に「E」の文字へと鮮やかに書き換わった。
俺自身は、「規定どおりに認めてもらえたんだな」と素直に受け止めていた。
だが、その魔導音とカードの眩い発光を見た周囲の冒険者たちから、先ほど以上のどよめきが湧き上がった。
「おい、昇格の魔導音が鳴ったぞ……!」
「半日でEだと? 嘘だろ……」
「ソロのFが規定到達かよ……早すぎるだろ」
ざわめく周囲の声をよそに、ミレーヌさんは端末の画面と手元のカードを二度見した。
「半日でE……? あ、あの、端末の故障ではありませんよね……!?」
普段は冷静沈着なミレーヌさんが、思わず端末の表示に取り乱しかけた。
だが、目の前にある三十個を超える魔石と検品済みの討伐部位を見直し、すぐに自分の言葉を慌てて打ち消した。
「……いえ、間違いありません。規定の討伐数を大幅に達成しての即時昇格です!」
ミレーヌさんは端末からカードを抜き取ると、満面の笑みを浮かべて両手で差し出してくれた。
「ふふ、エルンさん、本当におめでとうございます!」
「ありがとうございます、ミレーヌさん」
受け取ったカードに刻まれた「E」の文字に指先で触れると、胸の奥から確かな達成感がじんわりと広がっていった。
「では、こちらが本日の買取報酬になります。角兎と小鬼の魔石・部位を合わせて、大銀貨六枚になります!」
ミレーヌさんから両手で手渡されたのは、ずっしりと重みのある革袋だった。
紐を少し緩めて中を覗くと、鈍い銀色の輝きを放つ大銀貨が六枚、確かに収まっていた。
朝、パーティを追放されたときには一銭の分け前も渡されず、ポケットには銅貨数枚しかなかった。
大銀貨六枚あれば、清潔な安宿に何日も泊まることができ、温かい食事を腹いっぱい食べられる。それどころか、武器屋で一般的な鉄の剣を買うことだって十分にできる額だ。
「大銀貨六枚……」
自分の力だけで稼ぎ出した確かな重みに、俺は相好を崩して短く笑った。
これで宿も、まともな飯も手に入る。
「ありがとうございます、ミレーヌさん。大切に使います」
「はい! 無茶だけはなさらないでくださいね」
ミレーヌさんは優しい笑顔で見送ると、そのまま次の冒険者の書類整理へと戻っていった。
俺は更新されたEランクの冒険者カードを懐にしまい、報酬の入った革袋を手にしたまま、晴れやかな気持ちでギルドの出入口へと歩き出した。
ロビーのざわめきはすでに落ち着きを取り戻し、夕方の通常の混雑と喧騒に戻っている。昇格を告げた魔導音も周囲のどよめきもとうに消え去っており、いま帰還してきた冒険者たちにその騒ぎが届くことはない。
そのときだった。
ギルドの重い両開き扉が、外側から乱暴に押し開かれた。
バァンッ!
荒々しい音とともに、迷宮探索から戻ってきた一団が入ってくる。
先頭に立つのは、金褐色の短髪を逆立て、ピカピカに磨き上げられた鋼鉄の胸当てを着けた男――ラウルだ。
背中には両手持ちの大剣を背負い、両脇には下品な笑みを浮かべた二人の取り巻きを連れている。
出入口に向かっていた俺は、彼らの姿を一目見たが、足を止めることはなかった。視線を静かに流し、そのまま横をすり抜けて素通りしようとした。
だが、尊大な態度で大股に歩いてきたラウルは、出入口から出て行こうとする俺に灰褐色の瞳を向けた。
使い古された革鎧、そして俺の手にあるずっしりと膨らんだ革袋を一目で品定めするように見咎めた。
すれ違いざま、ラウルは左頬の傷を歪め、嘲笑混じりの声を投げかけてきた。
「あァ? なんでてめえがまだこんなところにいやがるんだ、無能が……」




