第3話 乱獲無双と爆速レベリング
茂みを掻き分けて飛び込むと、草陰から緑色の影が三つ、一斉に飛び出してきた。
「ギギッ!」
「ギャギャッ!」
醜悪な顔に下卑た笑みを浮かべ、棍棒や錆びた短剣を振り上げている。
迷宮都市バロール東門外の始まりの森に巣食う、Fランク魔物――小鬼だ。
「小鬼が三体……! 以前の俺なら、逃げるしかなかった相手だけど……」
かつて荷物持ちとしてパーティの後ろをついて歩いていた頃、Dランクの面々には雑魚でも、Lv1の俺には三体もいれば逃げる一択だった。
だが、今は違う。
「ギィッ!」
先頭の小鬼が、手にした棍棒を大きく振りかぶり、俺の頭部めがけて跳びかかってきた。
その瞬間、俺の視界の中で、小鬼の動きが不自然なほど緩慢になった。
まるで、水の中をもがいているかのように遅い。
「……遅い。昔の俺が見てた相手と、同じなのか……!」
相手の踏み込みも、腕のしなりも、棍棒が振り下ろされる軌道も、すべてが手に取るようにわかる。
以前の俺には見えなかった隙が、至るところに転がっていた。危険を感じるよりも前に、勝負はすでについていた。
俺は魔力を足腰と腕に巡らせ、通常スキル【身体強化】を発動した。
体が驚くほど軽く、自然に前へと動く。
振り下ろされる棍棒を待つまでもなく、俺は小鬼の右脇をすり抜けるように一歩踏み込んだ。
ヒュンッ!
すれ違いざま、手にした短剣を水平に一閃した。
硬い手応えすらほとんど感じないまま、刃が小鬼の首筋を綺麗に断ち切っていた。
「ギ……?」
先頭の小鬼が、何が起きたのかも理解できないまま、前のめりに地面へ倒れる。
「ギャッ!?」
「ゴブッ!?」
背後から飛びかかろうとしていた残り二体の小鬼が、仲間のあまりに唐突な即死に目を見張り、ピタリと足を止めた。
だが、その隙を見逃すはずがない。
「はっ!」
俺は地面を強く蹴り、正面から一気に間合いを詰めた。
足を止めた二体には、踏み込みの速さについていく余裕すらなかった。
左側の小鬼が慌てて錆びた短剣を構え直すよりも早く、俺の刃が喉元を深く刺し貫いた。
悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる小鬼を足蹴にして、そのまま流れるように体を反転させた。
最後の一体が恐怖で目を剥き、棍棒を取り落として逃げ出そうと背中を向けた。
だが、すでに俺の間合いの中だ。
袈裟懸けに振り抜いた短剣が、小鬼の背中を深々と切り裂いた。
ドサリと、最後の小鬼が地面に倒れ込む。
森の中が、急に静かになった。
「ふぅ……」
短剣の血を軽く振り払い、俺は息を整えた。
時間にして、わずか数秒。
小鬼三体を、傷一つ負うことなく、完全に瞬殺していた。
「本当に……体が勝手に動いたぞ」
狙い通りに体が動き、一瞬で仕留めた手応えに、思わず口元が緩んだ。
そのとき、倒れた三体の小鬼の体から、青白い光の粒子が立ち上った。
霊質の光だ。
フワリと浮かび上がった光の粒は、すぐさま一つにまとまり、猛烈な奔流となって膨れ上がった。
角兎のときと同じだ。天賦スキル【経験値×100】によって百倍に増幅された光の奔流が、視界を青白く染めながら、一直線に俺の胸へと吸い込まれていく。
「くっ……!」
温かい奔流が魂の器を満たしていく感覚に、俺は歯を食いしばった。
ドクン、と胸の奥が熱く跳ねた。
脳裏に直接、文字と数値の連鎖が猛烈な速度で流れ込んでくる。
――――――――――――――――
【レベルアップ】
エルン:Lv5 → Lv8
HP:26 → 38
MP:24 → 36
腕力:20 → 32
体力:20 → 32
敏捷:21 → 33
魔力:19 → 31
――――――――――――――――
「レベル5から……6、7、8……!? 一気にLv8まで上がった……!」
三体分の百倍経験値を一気に吸収したことで、三段階ものレベルアップが連鎖したのだ。
体内の全能力値が均等に引き上げられた。
わずかに乱れかけていた呼吸は一瞬で整い、疲労感など微塵も残っていない。
それどころか、体の芯から力が余って溢れ出してくるようだった。
「よし、次だ」
俺は地面を強く踏みしめ、気持ちを前へと切り替えた。
角兎一匹でLv5、小鬼三体でLv8。
この森にいる小鬼を片っ端から狩れば、どこまで強くなれるのか。
「一匹が百匹分だ。群れごと、全部もらう」
獲物を探して待つ必要なんてない。
俺は索敵に全神経を集中させながら、森の奥――小鬼たちの活動域へと自ら駆け出した。
木々の間を疾走する速度は、Lv5のときとは比べものにならない。
木の幹を蹴り、張り出した太い枝を飛び越えながら進んだ。茂みを抜けると、開けた先に小鬼の集落が見えてきた。
粗末な天幕がいくつも連なり、手前だけでなく奥にも多数の小鬼の影が群れている。
「ギギャッ!」
侵入者に気づいた小鬼たちが、一斉に武器を掲げて咆哮を上げた。
普通なら囲まれて袋叩きにされる状況だった。だが、今の俺にとって、群れは経験値の塊でしかなかった。
「そこだっ!」
俺は集団のど真ん中へと突っ込んだ。
小鬼たちが一斉に槍や棍棒を突き出してくる。
突き出される槍も棍棒も、今の俺には遅すぎた。
軌道を見切って身をかわし、短剣を振るう。一体、二体と数える暇もなく、首が飛んでいく。
戦いを重ねるごとに、体の動きがさらに研ぎ澄まされていくのがわかった。
――もっと速く踏み込める。
――足の裏に魔力を集めて、地面を弾くように蹴れば……!
思考と直感が一致した瞬間、俺は本能のままに足裏へ魔力を集中させ、地面を一気に蹴り抜いた。
パンッ!
乾いた破裂音が響いた瞬間、視界の景色が後方へと一気に流れた。
通常スキル【瞬歩】――。
地面を魔力で蹴り、目にも留まらぬ速度で短距離を移動する武技。
「ギッ!?」
目の前にいた小鬼が、俺の姿を見失って間抜けに目を白黒させた。
次の瞬間、俺はすでに小鬼の完全な死角――背後へと回り込んでいた。
着地の瞬間、【身体強化】で固めた両膝が、全身に走る激しい衝撃をしっかりと受け止めた。
流れるような動作で短剣を横に薙ぎ払い、背後を取った小鬼の首を断ち切った。そのままの勢いで隣にいた小鬼の脇腹を刺し貫き、振り返りざまに三体目の小鬼の喉元へ刃を走らせた。
三体が崩れ落ちるのとほぼ同時に、俺は再び【瞬歩】を発動した。
【瞬歩】で消えて、現れた先で切り裂く。天幕の陰からさらに飛び出してきた小鬼たちを、迎え撃つように一閃して沈めていく。
小鬼たちにとっては、姿の見えない何かに次々と仲間を狩られているようなものだった。
混乱と恐怖で統制を失った群れを、俺は一方的に蹂躙していった。
「いける。もっと速い……やってみる価値はある」
手応えは完璧だった。
ただ強いだけじゃない。体を動かすこと、戦うことそのものが、信じられないくらい楽しい。
逃げ惑う小鬼の残党を追い、天幕の間を【瞬歩】で消えては薙ぎ払った。茂みの奥へ逃げ込もうとする足の速い一体も、一瞬で背後へ回り込んで仕留めきった。
最後の一体が息絶えて倒れたとき、森の中の気配は完全に消え去っていた。
直後、数十体の小鬼の死骸から、無数の青白い光が一斉に立ち上った。
視界を覆い尽くすほどの光の嵐。それが渦を巻き、激流となって俺の胸へと一気に流れ込んできた。
「うおおっ……!」
魂の器を満たす熱い奔流に、思わず歓声が漏れた。
そして、頭の中に鐘のような澄んだ音が響き渡った。
――――――――――――――――
【レベルアップ】
エルン:Lv8 → Lv9 → Lv10
HP:38 → 46
MP:36 → 44
腕力:32 → 40
体力:32 → 40
敏捷:33 → 41
魔力:31 → 39
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「レベル8から……9、10……! 一気にLv10まで上がった……! たった数時間で、ここまで上がったのか」
脳裏に浮かぶ数値を見つめ、俺は強く拳を握りしめた。
全身に満ちる圧倒的な力。
Lv10といえば、駆け出しの上限――Eランク冒険者に相当する実力だ。
普通の冒険者なら、何日もかけてようやく届く高みだ。俺はたった数時間のソロ探索で、そこに到達してしまった。
予想以上の成果に、自然と笑みがこぼれた。
森はすっかり静まり返っていた。
木漏れ日の差し込む木立の中には、討伐された数十体の小鬼の死骸が転がっていた。
「さて……手早く回収しないとな」
俺は短剣を鞘に収めると、転がっている小鬼たちのもとへ歩み寄った。
荷物持ちとして何年も雑用をこなしてきた経験が、ここで大いに役に立った。
魔物の解体と素材の回収は、それこそ何百回となく繰り返してきた俺の得意分野だった。
倒れた小鬼の胸元から、手際よく小さな魔石をくり抜いていく。
さらに、ギルドで討伐証明と換金の対象となる部位――尖った小鬼の右耳を、手慣れた手つきで切り取っていった。
一つ、また一つと、淀みない動作で回収を続ける。
魔石はポケットや革鎧の隙間に詰め込んだ。小鬼が腰に巻いていた革紐や衣服の切れ端を解いて、耳をしっかりと縛り合わせた。
数十個もの魔石と、紐で一束に束ねた大量の耳が手元に残った。
回収を終えて立ち上がると、両手と肩にまとめた素材の束が、ずっしりとした重みで体に食い込んできた。
「ふふっ……重いな」
かさばる束の確かな感触を手で確かめ、俺は思わず頬を緩めた。
かつて背負わされていた、他人のための理不尽な三十キロの荷物とはまるで違う。
これは、俺が自分の力だけで稼ぎ出した、正真正銘の戦果の重みだ。
これだけの魔石と素材があれば、当面の宿代や食費どころか、新しい装備を整えても十分なお釣りが来る。
「無能だと言われたままじゃない。自分の足でここまで来た」
静かに息を吐き出しながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
神授の儀では、ステータス水晶の判定を見た神官から「必要経験値百倍の呪い」と切り捨てられた。その数日後、パーティのラウルたちからも嘲笑されて追放された。
だが、俺は腐らずに前を向いた。
そして今、俺は自分の力でLv10に達し、これだけの成果を掴み取ったのだ。
胸を張り、街道へ足を向けた。
歩きながら、頭の中に浮かぶLv10のステータスをもう一度確認した。
HP46、MP44、腕力40、体力40、敏捷41、魔力39。
そして【経験値×100】、【身体強化】、【瞬歩】。
確かな自信が、足取りを軽くした。
「ギルドに戻ったら、ミレーヌさんも驚いてくれるだろうか」
親身に接してくれた受付の顔が浮かび、足取りがさらに軽くなった。
森を抜けると、街道の向こうに夕暮れの陽光を浴びて輝く迷宮都市バロールの巨大な城壁と東門が見えてきた。
「よし、迷宮都市バロールへ戻ろう。ギルドで換金して、ランクの更新だ!」
俺は両手と肩にまとめた大量の戦果を抱え直し、東門へ向かって、力強く前を向いて歩き出した。




