第20話 巨都ルミナスと総本部の洗礼
王都ルミナスの白亜の南門前で、俺とクラリスは足を止めた。
迷宮都市バロールから乗合馬車に揺られて三日。街道での強襲を退け、ようやく王国の中心である王都へ辿り着いたのだ。
目の前には、見上げるほど巨大な白亜の城壁と重厚な巨門がそびえ立っていた。
「次、冒険者か。身分証を見せてくれ」
門番の衛兵に声をかけられ、腰のベルトから冒険者カードを提示する。
衛兵は俺の若い顔立ちと、鈍い青銅色に輝く『C』の刻印を見比べ、目を丸くした。
「……おいおい、その若さでCランクか? ずいぶん早いな」
「はい。先日昇格したばかりです」
正式な魔導刻印を確かめた衛兵は、感心したように頷いてカードを返してくれた。
「よし、間違いねえ。通っていいぞ」
「ありがとうございます」
白亜の南門をくぐり抜けると、目の前の視界が一気に開けた。
迷宮都市バロールとは比較にならないほど壮大な都市の景観が広がっている。
遥か正面の丘の上には太陽を浴びて輝く白亜の王城、東側にはいくつもの尖塔をいただく聖光教会の大聖堂がそびえ立つ。
白石で舗装された幅広の中央大通りには、馬車や商人、騎士や冒険者たちが行き交い、圧倒的な熱気に満ちていた。
歩きながらその雄大さに目を見張っていると、隣を歩くクラリスが、故郷の街並みを前に一瞬だけ瞳を伏せ、小さく息を整えるような仕草を見せた。
俺は深く詮索はせず、歩調を合わせて声をかけた。
「まずは推薦状を届けに、冒険者ギルド総本部へ行こう」
クラリスはハッと顔を上げ、すぐにいつもの凛とした微笑みを浮かべた。
「ええ、中央広場の先ですわ。ご案内いたします」
賑わう中央広場を抜けると、その奥に巨大な神殿のような白亜の大理石の建造物が姿を現した。
バロール支部の数倍の規模を誇る、冒険者ギルド総本部だ。
重厚な両開きの大扉を押し開けて足を踏み入れると、高い吹き抜けのロビーから熱気が押し寄せてきた。
並び立ついくつもの受付窓口と、壁際の酒場スペース。集う歴戦の冒険者たちは磨き抜かれた鋼鉄の重鎧や上質なローブを纏い、鋭い眼光を放っている。
そんな猛者たちの空間へ入った俺たちに、冷ややかな視線が集まった。
隣のクラリスは上質なローブを纏い、杖を携えて気品があるが、俺は使い古された革鎧に大きな背負い袋、腰に一振りの鉄の剣という素朴な軽装だ。
壁際で猛獣の牙を模した深紅の外套を羽織る男たちが、あからさまに鼻を鳴らした。
「おいおい、見ろよ。どこの田舎から迷い込んできたガキだ?」
「使い古しの革鎧に大きな背負い袋……地方から観光気分で上京してきた駆け出しの雑用係か?」
「隣のお嬢ちゃんのお散歩の荷物持ちかね。王都の総本部を舐めるなよ」
下品な嘲笑が飛んでくる。
「おい、あれはBランクの『緋緋色の牙』だぞ」「関わるな」と周囲の冒険者が小声で囁き合っている。
ギルド施設内は私闘禁止のため、奴らが直接手を出してくることはないが、排他的で見下すような空気が突き刺さる。
だが、荷物持ち時代に理不尽に嘲笑されてきた俺は、この程度の陰口に眉一つ動かさなかった。
クラリスはサファイアの瞳に冷徹な怒りと軽蔑を宿し、杖を握りしめていたが、俺が泰然としているのを見て気品ある表情を取り戻した。
「行きましょう、エルンさん」
「ああ」
俺たちは中央の受付窓口へと歩みを進めた。
空いていた受付窓口の前に立つ。
カウンターの奥には、整った身なりに銀縁の眼鏡をかけた総本部受付職員の男性が座っていた。
「バロール支部から来ました。登録の更新をお願いします」
俺が一礼して申し出ると、職員は俺の若さと使い古された革鎧を一瞥し、いかにも事務的で冷淡な口調で応対した。
「地方支部からの移籍ですね。王都ルミナス総本部は王国中から選りすぐりの猛者が集まる場所です。地方での甘い基準や実績がそのまま通用するとは思わないでください。……カードをお出しいただけますか」
言われるまま、腰のベルトから鈍い青銅色に輝くカードを取り出してトレイに置く。
トレイに置かれたカードを見て、職員はわずかに目を留めた。
「……その年格好でCランク。地方支部にしてはそこそこの速度で上がったようですが……しかし王都ではCランク程度は珍しくありません。登録情報の同期と、通常の討伐依頼の斡旋ですね」
地方の早熟な新人に過ぎないと見て事務的に処理を進めようとする職員に対し、俺は懐から金色の豪奢な封蝋が施された上質な羊皮紙の書状を取り出した。
「それと、バロールのギルドマスターから、こちらを総本部へ提出するよう言われています」
カウンターの上に置かれた書状――そこに刻まれた金文字の宛名『王都ルミナス 冒険者ギルド総本部』と、バロール支部ギルドマスターの印章を目にした職員の手が止まった。
「こ、これは……バロール支部のギルドマスターの印章……!? 総本部宛ての特別推薦状……?」
職員の喉から掠れた声が漏れ、冷淡だった態度から一転、背筋が目に見えてピンと伸びた。
姿勢を改め、表情を業務上の緊張で引き締める。
「しょ、少々お待ちください……!」
職員は両手で慎重に書状を受け取った。
職員は丁寧に封蝋を解き、羊皮紙に記された内容に目を走らせた。
そこには、岩石巨人討伐における決定打の武功、ギルド史上最速のCランク特進、そして総本部での早期昇格を促す推薦理由が連ねられていた。
記載された経歴の一節に一瞬だけ訝しむように眉を寄せ、微かに首を傾げる仕草を見せつつも、読み進める職員の顔はみるみるうちに強張っていく。
職員は動揺を抑えるように俺のカードを手に取り、窓口の魔導端末へと差し込んだ。
キィィン――。
澄んだ魔導音とともに青白い光が立ち上り、端末の画面にバロールで書き込まれた公式の討伐実績が展開される。
「岩石巨人を討伐した実績……端末の記録も間違いなく真正……!」
画面を凝視したまま、職員の動きが凍りついた。
顔から侮りが完全に消え去り、端末を押さえる手が微かに震えている。
息を呑む職員の声に、カウンター周辺の冒険者たちが異様な気配を察して集まってきた。
「おい、何があったんだ?」
「受付の様子がおかしいぞ」
先ほど嘲笑していた『緋緋色の牙』の戦士たちも、訝しげに窓口を取り囲む。
職員は大きく息を吸って動揺を鎮めると、居住まいを正して俺に向き直った。
「……推薦状の内容、ならびに端末に同期された討伐実績、確かに確認いたしました。ギルドマスター直筆の推薦とこの武功であれば、Bランクへの昇格候補として申し分ありません」
職員は真剣な声音で続けた。
「……しかし、Cランク昇格から間を置かずしてのBランク昇格など、総本部でも前例がありません。ギルド規約に基づき、急激な昇格に伴う事故防止および実力把握のため、昇格に先立ち『実力確認(模擬戦)』を受けていただきます。合否を決める試験ではなく安全確保のための確認手続きですが、模擬戦の対戦相手には王都の精鋭上位冒険者が選定されます」
その宣告が響いた瞬間、周囲を取り囲む冒険者たちに衝撃が走った。
「ば、馬鹿な……地方のギルドマスター推薦状持ちだと!?」
「あの岩石巨人を仕留めた実績持ちのガキが、いきなりBランクの実力確認を受けさせられるのかよ……!」
特に、先ほどまで俺を嘲笑していた『緋緋色の牙』の大柄な戦士は、言葉を失って立ち尽くしていた。
静寂に包まれるロビーの中、俺は少しも動じることなく、静かに受けて立った。
「わかりました。実力確認、受けさせていただきます」
飾らない俺の返答に、職員は深く頷いた。
隣のクラリスも、誇らしげに背筋を伸ばして微笑みかけた。
「ええ、エルンさんなら何の問題もありませんわ」
王都ルミナス冒険者ギルド総本部。
無数の驚愕の視線が突き刺さる中、俺は次なる実力証明の場へ向けて、静かに闘志を燃え上がらせていた。




