第17話 二人だけの祝勝会と王都への誓い
夕日に赤く染まる迷宮都市バロールの大通りを、俺とクラリスは並んで歩いていた。
つい先ほど、冒険者ギルドで本来中層に棲む異変ボスの討伐が認められ、俺はギルド史上最速でCランクへの特進を果たしたばかりだ。
懐には更新された青銅色の冒険者カードと、特別報奨金である金貨十枚、そして王都ルミナスの総本部への推薦状が収まっている。
大通りを行き交う冒険者や商人たちが、俺たちの姿を見て微かにざわめいていた。
「おい、あの二人だろ……」
「ああ、第五階層の異変ボスを倒して、一気にCランクへ特進したっていう新星だ……」
ギルドロビーでの熱狂が、早くも街中へと広がり始めているようだった。
周囲の視線を感じながら、俺は懐にある革袋のずっしりとした重みを確かめた。
ほんの数日前、十五歳の神授の儀で授かった【経験値×100】を「必要経験値百倍の呪い」と決めつけられ、パーティを追放されたあの日。
荷物持ちとして扱われ、着の身着のままで放り出されたときは、路頭に迷う寸前だった。
だが、自分の力を信じて迷宮へ潜り、クラリスと出会えたからこそ、俺はここまで駆け上がることができたのだ。
俺は足を緩め、隣を歩くクラリスに向き直った。
「クラリス」
「はい? どうかなさいましたの、エルンさん」
夕風にプラチナブロンドの髪を揺らし、クラリスが不思議そうに碧眼を向けてくる。
「クラリスのおかげで、俺はCランクになれたんだ。今夜は二人だけで祝勝会をやろう。特別報奨金も出たし、俺の奢りだ」
突然の提案に、クラリスは一瞬驚いたように目を瞬かせた。
それから、お嬢様らしく少し居住まいを正し、くすりと嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、エルンさんのお奢りでしたら、遠慮なくご馳走になりますわ」
「よし、決まりだな。落ち着いて話せる場所へ行こう」
俺たちは顔を見合わせて笑い合い、大通りの喧騒から離れた路地にある、静かな料理屋へと足を向けた。
案内されたのは、木目の落ち着いた静かな個室だった。
柔らかなランプの明かりが室内を照らし、通りや酒場の騒がしさは届かない。
テーブルの上には、香ばしく焼き上げられた肉料理や湯気を立てる温かい野菜スープ、焼きたてのパンが次々と並べられた。
二つのグラスには、果実から作られた冷たい琥珀色の飲み物が注がれている。
クラリスがグラスをそっと手に取り、凛とした笑みを浮かべて掲げた。
「エルンさんのCランク特進と、私たちの王都への第一歩に……乾杯ですわね」
「ああ、乾杯!」
カチン、と心地よいグラスの音が響き合う。
琥珀色の液体を口に含むと、爽やかな甘みと微かな酸味が喉を通り抜けていった。
温かいスープを口に運び、柔らかな肉料理を味わいながら、俺たちは自然とここまでの戦いを振り返っていた。
「思えば、『初心者の迷宮』で初めて会ったときは、まだお互いのこともよく知らなかったよな」
「ええ。ですが、あのときエルンさんに声をかけていただいて、本当に幸運でしたわ。あの頃の私、一人で頑なに意地を張っていましたから」
「俺のほうこそ、声をかけるときは断られるんじゃないかって緊張してたよ」
「まあ、とてもそんなふうには見えませんでしたわよ?」
あのとき、クラリスは誇り高く手を差し伸べてくれた。
そして第二階層の安全地帯で、「クラリスが足を止めてくれた敵は、俺が全部確実に仕留めるよ」と前衛と後衛の約束を交わしたのだ。
「今日の岩石巨人との戦いもそうだったな。クラリスが【風刃】で装甲を削って、【雷撃】で隙を作ってくれたから、俺は迷わず魔導核へ踏み込めたんだ。クラリスがいなかったら、あんなに綺麗には倒せなかった。本当にありがとう」
俺が飾らない言葉で礼を言うと、クラリスは首を横に振った。
「いいえ、私の支援に合わせて、あの硬い魔導核を一刀のもとに粉砕してくださったのはエルンさんですわ。エルンさんが前で絶対に敵を逃さず、守ってくださると信じているからこそ、私は全力で魔法を放つことができますの」
クラリスはサファイアのような碧眼を細め、穏やかに微笑んだ。
互いを信じ抜いてきたからこそ、困難な戦いを乗り越えてこられたのだと、胸の奥で確かな手応えを噛み締める。
やがて食事が落ち着き、テーブルの上にはギルドマスターから授与された総本部への推薦状が置かれていた。
上質な羊皮紙に金色の豪奢な封蝋が施され、そこには『王都ルミナス 冒険者ギルド総本部』という宛名が美しく記されている。
クラリスはその文字を、じっと見つめていた。
部屋の中に、わずかな沈黙が流れる。
やがて、クラリスはゆっくりと顔を上げた。
その碧眼には、これまでにない真剣な光が宿っていた。
「……エルンさん」
「ん? どうしたんだ?」
「王都へ共に向かうエルンさんには、隠したままにしたくありませんの」
クラリスはテーブルの上のグラスにそっと触れながら、静かに語り始めた。
「……以前、『初心者の迷宮』で泥巨人と戦ったとき、魔導記録のお話をしましたわね」
「ああ。アルスター家の魔導記録に、泥巨人の弱点は魔導核だと書いてあったって言っていたな」
初対面のとき、クラリスが家名を言い淀んでいたことも、俺の脳裏をよぎった。
クラリスは深く息を吸い込み、決意を込めた瞳で俺を見据えた。
「……以前お話しした王都の名門アルスター家は、私の生家ですの」
「クラリスの生家……」
薄々感じていた気品や教養、そして膨大な魔法の知識。
それが王都の名門貴族の出身ゆえだったと知り、合点がいった。
だが、クラリスの表情は晴れない。彼女の細い指先が、微かに震えていた。
「我が家は、数年前に爵位を返上し、没落いたしました。……ですが、我が家の没落は自然な衰亡ではありませんわ」
クラリスは唇を噛み締め、悔しさを滲ませながら、絞り出すように一言だけ告げた。
「……何者かの卑劣で不当な追い落としによって、すべてを奪われたのです」
その言葉に含まれた重みと冷たい怒りに、俺は息を呑んだ。
不当な追い落とし――。
陰謀によって名門の誇りも立場も奪われ、すべてを失ったのだとしたら、その無念さはどれほどのものだろうか。
「追い落とし……一体誰がそんなことを?」
俺が問いかけると、クラリスは静かに首を横に振った。
「今はまだ具体的な名や詳細は明かせませんわ。確たる力もなしに触れれば、エルンさんまで危険に巻き込んでしまいます」
クラリスは申し訳なさそうに視線を伏せ、それから小さく呟いた。
「私が冒険者となり、迷宮都市バロールへやって来たのも、力をつけて生家の名誉を取り戻すためでした。けれど、王都にはまだ、我が家を陥れた影が蠢いています。……エルンさんをそんな危険な場所に連れて行くのは、私のエゴかもしれませんわね」
クラリスは自嘲気味にそう言ったが、俺の心は微塵も揺らがなかった。
俺は迷うことなく、真っ直ぐにクラリスの瞳を見つめた。
「詳しい事情は俺にはわからないけれど、クラリスが背負っているものがあるなら、王都でも俺はクラリスの相棒として隣で戦うよ」
俺の力強い言葉に、クラリスはハッと息を呑んで目を見開いた。
「エルンさん……」
「俺だって、神授の儀で呪い持ちと決めつけられて追放された。あのとき、誰も俺の言葉を信じてくれなかった。でも、クラリスは俺を信じてくれただろ。理不尽に奪われたものがあるなら、一緒に取り戻せばいい。俺たちはパーティだろ? 前衛の俺が、クラリスの前に立ち塞がる敵を全部倒す。だから、クラリスは後ろから俺を支えてくれればいいんだ」
飾らない俺の言葉を受け止めたクラリスの碧眼が、みるみるうちに潤んでいく。
彼女は溢れそうになる涙を堪えるように一度強く瞬きをし、それから、今まで見たこともないほど柔らかく、心からの笑みを咲かせた。
「……ええ。頼りにしていますわ、私の最高の相棒」
クラリスが差し出してきた手を、俺は力強く握り返した。
料理屋を出た俺たちは、夜風に吹かれながら拠点としている宿へと戻った。
廊下でクラリスと明日の約束を交わして別れ、自分の客室に入る。
明日の出発に向けて手持ちの荷物を整理し、新調した鉄の剣や使い古した革鎧の手入れを行う。
机の上には、青銅色のCランク冒険者カードと、金貨十枚が入った革袋、そして『王都ルミナス』へと宛てられた推薦状が並んでいる。
窓の外を見上げれば、バロールの夜空に無数の星が瞬いていた。
明日、俺たちはこの迷宮都市を旅立ち、王都ルミナスへと向かう。
胸の奥に熱い高揚感を宿しながら、俺は静かに拳を握り締めた。




