第16話 ギルド最速のCランク特進
俺とクラリスは案内職員の先導に従い、冒険者ギルド・バロール支部の最上階へと続く赤絨毯の階段を上っていた。
先ほど『深淵の迷宮』第五階層で中層の異変ボス・岩石巨人を討伐したばかりだ。
一階ロビーから響いてくる熱狂的な歓声を背に受けながら、俺たちは最上階の突き当たりにある重厚なオーク材の扉の前へと辿り着いた。
コン、コン。
案内職員が扉を二度ノックする。
「第五階層の異変を解決したエルン殿、ならびにクラリス殿をお連れいたしました」
「入れ」
扉の奥から、低く威厳に満ちた声が響いた。
案内職員が音もなく扉を押し開け、俺とクラリスは室内の絨毯を踏みしめて中へと足を踏み入れた。案内職員は扉脇に直立し、静かに控える。
広々としたギルドマスター執務室の正面には、巨大なガラス窓が備え付けられていた。
そこからは、迷宮都市バロールの中央にぽっかりと漆黒の口を開ける『深淵の迷宮』の大穴が一望できた。
部屋の中央、重厚な執務机の奥には、威厳ある風格を漂わせる壮年のギルドマスターが座っていた。
その傍らには、険しい表情を浮かべた上層幹部が腕を組んで控えている。
そして机の上には、先ほどミレーヌさんが持ち込んだ岩石巨人の特大魔石が鎮座していた。深紅と紺色が混ざり合った禍々しくも美しい燐光が、部屋全体を妖しく照らし出している。
ギルドマスターは鋭い眼光を向けながらも、穏やかな声音で俺たちを迎えた。
「よく来てくれた。第五階層で起きた異変……本来なら中層にしか生息しないはずの岩石巨人を討伐した経緯について、直接聞かせてもらいたい」
ギルドの最高責任者を前にしても、俺の心は落ち着いていた。
俺は背筋を伸ばし、隣に立つクラリスと共に、第五階層の立体石橋で起きた戦いの詳細を簡潔に報告した。
「クラリスが【風刃】で装甲を削り、【雷撃】で動きを止めてくれました。俺はその隙に、露出した魔導核を一撃で叩き割っただけです」
俺が実直に告げると、隣のクラリスが凛とした声で言葉を重ねた。
「私の支援は好機を作ったに過ぎませんわ。あの強固な岩石巨人の核を一刀のもとに粉砕したのは、エルンさんの圧倒的な力です」
二人の証言を聞き終えた上層幹部が、驚愕に目を見開いて息を呑んだ。
「Dランク冒険者の少年と支援の魔導士が、中層の難敵である岩石巨人を一撃で粉砕など前代未聞……だが、この真正の魔石と現場の状況からすれば紛れもない事実だ」
静寂が満ちるなか、ギルドマスターは手元に置かれていた羊皮紙の書類へと視線を落とした。
それは、バロール支部に保管されている俺の冒険者登録記録だった。
「エルン……お前の記録を読ませてもらった。数日前、十五歳の神授の儀で【経験値×100】を授かり、『必要経験値百倍の呪い』と判定されて所属パーティを追放された、とな」
その言葉に、隣に立つクラリスが「……っ」と小さく息を呑んだ。
俺がかつて受けた追放の経緯を、クラリスもこの場で初めて耳にしたのだろう。クラリスは驚きに目を見張り、呪いと決めつけて俺を追放した周囲の理不尽な仕打ちに対して、微かな憤りを滲ませていた。
ギルドマスターは眉をひそめ、信じられないものを見るように書類と俺の顔を交互に見つめた。
「だが、お前はそこからわずか数日でDランクへ昇格し、今日には中層のCランクボスである岩石巨人を真っ向から粉砕してみせた。『必要経験値が百倍になる呪い』……世間や神殿の神官どもはそう切り捨てたようだが、お前が成し遂げたこの武功はどう説明がつく」
傍らに控える上層幹部も、息を呑んで呟いた。
「……もしや神授の儀の判定そのものが、根本から誤っていたのではないか? 古代神話の恩寵が、現代の拙い見立てで読み違えられていたとでも……」
二人が漏らした疑念は、俺がずっと抱いてきた思いと重なっていた。
神授の儀の日に青い水晶を見て覚えた違和感や、始まりの森で角兎を倒した瞬間に体内に流れ込んできた膨大な霊質の奔流が脳裏をよぎる。あのときから俺は、胸の奥で水晶に示されたこの力を信じて戦ってきたのだ。
だが、幹部たちが口にした古代神話の真偽など、今の俺には確かめようがない。
俺は迷うことなく、真っ直ぐに答えた。
「俺には難しい神話のことはわかりません。ただ、水晶に示された力を信じて、目の前の魔物を倒してきただけです」
飾り気のない俺の言葉に、ギルドマスターは深く頷き、感嘆の息を漏らした。
隣に立つクラリスも、理不尽な通説を己の力で覆してきた俺に向けて、深い敬意を込めた視線を送っていた。
やがて、ギルドマスターは表情を引き締め、話題を異変の核心へと移した。
「……問題は、なぜ中層の岩石巨人が上層の第五階層に出現したかだ」
上層幹部が重々しい足取りで窓際へと歩み寄り、大穴を見下ろしながら低く唸るように言った。
「本来中層にいるはずの岩石巨人が上層へ現れた……。迷宮の最深部、遥か古代の遺跡か、あるいは神話の時代より封じられし何かに揺らぎが生じている可能性も否定できん」
神話の時代より続く迷宮最深部の封印に異常が生じているのかもしれない――その言葉に、執務室の空気が一段と張り詰めた。
「この異変への初動として、バロール支部の精鋭を集めて組織的な深部調査班を編成する。最下層の状況を早急に突き止めねばならん」
ギルドマスターはそう告げると、重々しく頷いた。
そして、ギルドマスターは執務机からゆっくりと立ち上がった。
威厳に満ちた巨躯で俺の正面に立つと、力強い眼差しで告げた。
「エルン。迷宮上層の危機を救い、多くの命を守ったその功績は極めて甚大だ。岩石巨人討伐の武功を認定し、エルン、貴殿をCランクへと特進とし、カードを更新する!」
「ありがとうございます!」
俺が深く一礼して懐から銀色の冒険者カードを取り出すと、ギルドマスターは頷いて受け取り、机上の魔導端末に差し込んだ。
魔力を通すと、端末が青白い光を放ち、澄んだ美しい魔導音が室内に鳴り響く。
キィィン――。
カードの表面に刻まれていた『D』の文字が光に包まれ、鈍い青銅色の輝きを放つ『C』の刻印へと書き換わった。
パーティを追放されてから、まだわずか数日しか経っていない。
俺はギルド史上最速で、正式にCランク冒険者となったのだ。
ギルドマスターは端末から抜き取った青銅色のカードを俺へ手渡し、さらにずっしりと重い革袋を机の上に置いた。
「それと、これが異変解決の特別報奨金だ。金貨十枚を受け取るがいい」
「重ねて感謝いたします」
受け取ったカードを大切に懐へ収め、机の革袋を手に取ると、中に入った金貨同士が心地よい重厚な金属音を立てた。
だが、ギルドマスターの手は止まらなかった。
机の引き出しから、金色の豪奢な封蝋が施された上質な羊皮紙の書状を取り出すと、両手で俺へと差し出してきたのだ。
「迷宮深部の調査はバロール支部の調査班で初動に当たる。お前ほどの器は、このバロールの上層に留まるべきではない。これを受け取れ――冒険者ギルド総本部への推薦状だ。より広大なる世界へ挑み、さらなる高みを目指すがいい」
ギルドマスターから差し出されたのは、冒険者ギルド総本部への推薦状だった。
ルミナス王国の中心、あらゆる強者が集う王都への扉が、今まさに目の前に開かれたのだ。
俺は深々と頭を下げ、差し出された推薦状を恭しく両手で受け取った。
「ありがとうございます。身に余る栄誉ですが……王都でも、相棒と共に前へ進みます」
俺の言葉に、隣のクラリスも嬉しそうに誇らしげな笑みを浮かべた。
ギルドマスターは満足そうに口元を緩めると、扉脇に控えていた案内職員へと向き直った。
「一階ロビーの者たちへ、エルンのCランク特進と総本部推薦の決定を伝えよ」
「はっ!」
案内職員は深々と一礼すると、足早に執務室を飛び出していった。
ギルドマスターと上層幹部へ礼を告げ、俺とクラリスは執務室を辞去した。
赤絨毯の階段を下りて一階ロビーへと戻ると、先ほど以上の異様な熱気が押し寄せてきた。
「皆様、お静かに! ギルドマスターより決定が下されました! 第五階層の異変を解決せしエルン殿をギルド最速でCランクへ特進とし、あわせて冒険者ギルド総本部への推薦状を授与いたします!」
案内職員の声がロビー全体に響き渡った瞬間――。
うおおおおぉぉぉぉぉっ!!
耳を劈くような大歓声と惜しみない拍手が、ロビーを埋め尽くす冒険者たちから一斉に沸き起こった。
「すげええっ! 本当にCランク特進だ!」
「総本部への推薦状まで出ただと!?」
「バロール始まって以来の快挙じゃねえか!」
屈強な冒険者たちが口々に叫び、惜しみない拍手を送ってくる。
そんな人垣をかき分けるようにして、受付窓口からミレーヌさんが駆け寄ってきた。
深緑色の瞳を涙で潤ませ、満面の笑みを咲かせている。
「エルンさん、Cランク特進、本当におめでとうございます……! 最初にお会いしたときから、エルンさんならきっと成し遂げると信じていました!」
「ありがとうございます、ミレーヌさん。ここまで来られたのは、いつも親身に支えてくれたミレーヌさんのおかげです」
俺が心からの感謝を伝えると、ミレーヌさんは胸に手を当てて嬉しそうに目を細めた。
鳴り止まない大歓声と祝福の嵐に見送られながら、俺とクラリスは冒険者ギルドの重い木扉を押し開けた。
外に出ると、夕日に染まる迷宮都市バロールの街並みが広がっていた。
夕方の心地よい風が、熱を帯びた頬を優しく撫でて通り抜けていく。
「Cランク特進か……追放されたときは想像もできなかったな」
俺は手にした金色の封蝋の書状を見つめ、感慨深く呟いた。
呪い持ちの荷物持ちと蔑まれ、すべてを奪われて放り出されたあの日の悔しさが思い出される。
けれど、自分の力を信じて一歩ずつ前へ進んできた道は、何一つ間違っていなかった。
ふと、隣に並ぶクラリスが立ち止まった。
クラリスは、俺が持つ推薦状の宛名――そこに記された『王都ルミナス 冒険者ギルド総本部』という金文字をじっと見つめていた。
夕日に照らされたその横顔は、いつもの凛とした気品を保ちながらも、どこか引き締まって見えた。
そして、サファイアのような碧眼を細め、静かに微笑んだ。
「王都ルミナス……ええ、いよいよ行けますのね」
その言葉を聞いた俺は、隣のクラリスへ小さく頷き返した。
王都という次なる大舞台を見据え、俺とクラリスは夕暮れの大通りを並んで力強く歩み出した。




