第15話 Cランクボス粉砕と無自覚ざまぁ
『深淵の迷宮』第五階層、崩落した瓦礫で退路を塞がれた立体石橋の上。
体長五メートルを超えるCランクの異変ボス「岩石巨人」の胸元で、剥き出しになった魔導核が赤黒く脈動していた。
頭上の別石橋から放たれたクラリスの【風刃】と【雷撃】により、巨躯は電撃の麻痺で完全に硬直している。
新調した鉄の剣に魔力119を注ぎ込み、青白い燐光を滾らせていた俺は、研ぎ澄まされた意識の中で切っ先を構えた。
千載一遇の好機だ。
俺は【身体強化】と【瞬歩】を連動させ、足元の石畳を力強く蹴り抜いた。
ドンッ!!
空気を爆ぜさせる炸裂音とともに、景色が一瞬で後ろへと吹き飛ぶ。
石橋を駆け抜けて岩石巨人の懐へと肉薄した俺は、そのまま高く跳躍した。
空中で鉄の剣を両手で握り締め、腕力120の剛力と全身の体重を刀身に乗せる。
目の前には、装甲の隙間で激しく明滅する赤黒い魔導核。
「これで――終わりだ!」
渾身の一閃を、露出した魔導核のど真ん中へ向けて真っ向から叩き込んだ。
ズバァァァンッ!!
空間を切り裂く轟音が縦穴全体に響き渡った。
青白い魔力をまとった鉄の白刃が、岩石巨人の魔導核を両断し、粉々に砕き散らす。
ビキビキビキッ……!
核を破壊された瞬間、五メートルを超える巨躯の全身に無数の亀裂が走った。
頑丈な花崗岩と黒光りする鉱石の装甲が砕け散り、激しい光を放ちながら崩れ落ちていく。
グオオオオオォォォ……ッ!!
断末魔の地鳴りのような咆哮を残し、岩石巨人は木っ端微塵に崩壊して消滅した。
巨人の巨躯が消え去った直後――天賦スキル【経験値×100】が発動した。
ドクンッ!
かつて初心者の迷宮で泥巨人を倒したときの規模を遥かに凌駕する、膨大な青白い霊質の奔流が立ち上る。
縦穴空間の闇を白昼のように照らし出し、巨大な光の滝となって俺の胸元へと一気に吸い込まれていった。
頭の中に、澄んだ鐘の音が激しく連打される。
全身の血管を熱い奔流が駆け巡り、脳裏に浮かび上がる数値が凄まじい勢いで跳ね上がっていった。
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【レベルアップ】
エルン:Lv30 → Lv31 → Lv32 → Lv33 → Lv34 → Lv35
HP:126 → 146(+20)
MP:124 → 144(+20)
腕力:120 → 140(+20)
体力:120 → 140(+20)
敏捷:121 → 141(+20)
魔力:119 → 139(+20)
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(Lv35……! 腕力と体力が140、敏捷は141……!)
全身を駆け巡る圧倒的な熱量とともに、骨格と筋肉の密度が一段と高まり、底知れない力が満ちていく。
五レベルの一気の上昇により、主要ステータスは完全にCランク上位領域へと達していた。
光の奔流が収まった石畳の上に、コロンと硬い音が転がった。
見れば、深紅と紺色が混ざり合って妖しく輝く、特大の魔石だった。
Cランク魔物である岩石巨人の討伐の証だ。
俺は魔石を拾い上げ、用意していた布で丁寧に包んで小脇に抱えた。
タッ。
頭上の石橋から、風魔法をまとってふわりと舞い降りてきた人影が、軽やかに石畳へと着地した。
プラチナブロンドの髪を揺らし、魔導杖を手にしたクラリスが駆け寄ってくる。
「見事な一撃でしたわ! まさかあの巨大な岩石巨人を一刀のもとに粉砕してしまうなんて……それにしても、相変わらず常識の外にいらっしゃいますわね」
クラリスは澄んだ碧眼を輝かせて称賛しつつも、呆れたように小さく肩をすくめて微笑んだ。
「クラリスが完璧に装甲を削って動きを止めてくれたおかげだ。ありがとう」
俺が素直に礼を言うと、クラリスは「私の支援など、貴方のあの一撃に比べれば些細なものですわ」と誇らしげに目を細めた。
そんな二人のやり取りのすぐ傍らで――。
「……っ」
濡れた石畳の上に座り込んだままのラウルが、完全に生気を失った青白い顔で虚空を見つめて固まっていた。
取り落とした大剣は足元に転がったままだ。
かつて俺を「必要経験値百倍の呪い持ち」「一生レベルの上がらない寄生虫」と見下し、嘲笑しながら追放した男。
ギルド酒場では「インチキな魔道具を使ったに決まっている」と叫んでいた男。
だが今、目の前で起きた現実を前にして、ラウルの口から絞り出されたのは、かすれた呟きだけだった。
「……一撃……あんな化け物を、一撃で……? ……嘘だろ……なんで、あいつが……」
焦点の合わない瞳が、虚しく宙を彷徨っている。
もはや怒鳴り散らす気力すら残っていないのか、ただ青ざめた顔で虚空を見つめ続けていた。
俺はラウルを見下ろした。
嘲笑する気も、罵倒する気も起きない。
復讐に費やす時間など、俺には一秒たりとも惜しかった。
「第五階層までの魔物はあらかじめ掃討してある。動けるなら、怪我人を連れてギルドへ戻るといい」
淡々とした声でそれだけを告げると、ラウルは小さく「ひ……」と喉を鳴らしたきり、声すら出せなくなった。
震えることすら忘れ、ただ魂の抜け殻のように虚脱している。
「行きましょう、エルンさん」
「ああ」
俺とクラリスは一度も振り返ることなく石橋を後にした。
背後に倒れる元パーティの姿は、すでに俺の視界にも意識にも残っていなかった。
第五階層の縦穴空間を抜け、俺とクラリスは立体回廊と階段を駆け上がっていった。
道中の魔物はすべて俺たちが下層へ向かう途中で討伐していたため、妨害を受けることもなく、あっという間に第一階層の大階段へと辿り着く。
幅広の石造り大階段を上りきると、視界が一気に開けた。
迷宮都市バロールの中央広場だ。
地上へと戻ると、肌を撫でる昼下がりの爽やかな風とともに、ただならぬ喧噪が耳に飛び込んできた。
「おい、第五階層の激震はどうなった!?」
「中層の魔物が上層に出たって本当か!?」
「救援部隊の編成を急げ!」
中央広場には、重装備に身を包んだ屈強な冒険者たちやギルド職員たちが大勢集まり、物々しい警戒態勢を敷いていた。
先ほど迷宮深部からせり上がった地響きと咆哮の報告を受け、上層探索を中止し、緊急対応に追われていたのだ。
緊迫した広場へと俺たちが足を踏み出すと、周囲の冒険者たちがこちらに気づいてざわめいた。
「おい……見ろ、誰か上がってきたぞ!」
「あいつら……傷一つ負ってないぞ?」
「待て、あの少年が持ってる布包み……なんだあの輝きは!?」
周囲の冒険者たちの視線が一斉に俺へと注がれる。
俺が小脇に抱えていた布包みの隙間から、岩石巨人の特大魔石が放つ深紅と紺色の強烈な魔力の燐光が漏れ出していた。
上層の魔物とは明らかに桁の違う、濃密で禍々しい魔力の気配。
手練れの冒険者たちが息を呑み、広場全体にざわめきが急速に広がっていく。
「おいおい……嘘だろ……あんな特大の魔石、中層のボス級じゃねえか……!?」
「あいつら、まさかあの異変の元凶を……!?」
ざわめく冒険者たちの視線を背に、俺とクラリスは足を緩めることなく、大通りを抜けて冒険者ギルドへと急いだ。
バロール支部の冒険者ギルドの扉を押し開けると、ロビー内も異変の噂で持ちきりになっていた。
多くの冒険者たちが落ち着かない様子で情報交換をしている。
俺とクラリスは、いつもの受付窓口――ミレーヌさんの前へと歩み寄った。
「お疲れ様です、ミレーヌさん。第五階層の魔物を納品に来ました」
「エルンさん、クラリスさん! ご無事で……! 今、深淵の迷宮で大きな異変が発生したと報告があって、とても心配して――」
ミレーヌさんは心配そうに深緑色の瞳を揺らしていたが、俺がカウンターの木製トレイの上に置いたものを見て、言葉を失った。
ズシリ。
布を解くと、トレイの上に人の頭ほどもある巨大な魔石が現れた。
深紅と紺色が混ざり合い、美しくも禍々しい極上の光彩が窓口の周囲を鮮やかに照らし出す。
「……っ!?」
ミレーヌさんは息を呑み、天賦スキル【真贋鑑定】を発動させた。
瞳に宿る魔力の光が激しく明滅し、みるみるうちにその表情が驚愕と戦慄に染まっていく。
「こ、これは……『深淵の迷宮』中層の魔物……岩石巨人の魔石に間違いありません……! お二人とも、本当にあの上層の異変を解決されたのですね……!」
ミレーヌさんは目を潤ませ、信じられないものを見るように魔石と俺たちの顔を交互に見つめた。
周囲で様子を窺っていたロビーの冒険者たちからも、爆発的な怒号のような歓声とどよめきが沸き起こった。
「岩石巨人の魔石だとぉぉっ!?」
「あの異変ボスを、たった二人で倒したってのか!?」
ロビー中が騒然となるなか、ギルドの奥へと続く階段から、バタバタと慌ただしい足音が響いてきた。
駆け下りてきたのは、上質な制服を着込んだギルドの上級職員だった。
職員は息を切らしながら俺とクラリスの正面に立つと、ロビー中に響き渡る厳粛な声で告げた。
「第五階層の異変ボス討伐者、エルン殿、ならびにクラリス殿! ギルドマスターおよび上層幹部より、至急、最上階の執務室への緊急招集が発令されました!」
「……!」
その言葉が響いた瞬間、ギルドロビー全体が水を打ったように静まり返り、直後、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
俺とクラリスは顔を見合わせ、力強く頷き合った。
湧き上がる大歓声を背に受けながら、俺たちはギルドマスターの待つ最上階へと続く階段へ足を踏み出した――。




