第14話 圧倒的救援と絶句する元パーティ
『深淵の迷宮』第五階層、崩落した瓦礫で退路を塞がれた立体石橋の上。
体長五メートルを超えるCランクの異変ボス「岩石巨人」が、俺の頭上へ向けて巨大な岩の拳を猛然と振り下ろしてくる。
這いつくばる元パーティリーダー・ラウルの前へ割り込んだ俺は、腰を低く落として迎撃の態勢を取っていた。
ゴオォォォッ!!
空気を爆ぜさせ、周囲の黒い石壁を震わせる凄まじい風圧が吹き抜ける。
視界を埋め尽くすほどの質量を誇る巨大な岩拳が、頭上から猛烈な速度で迫っていた。
並の冒険者なら、直撃の風圧だけで身体を吹き飛ばされ、かすっただけで骨を砕かれる致死の一撃だ。
だが、俺の心に焦りはなかった。
研ぎ澄まされた視界の中で、振り下ろされる岩拳の軌道がはっきりと見えている。
俺は腰を深く落とし、【身体強化】の魔力を左腕へと一気に通した。
そして――掲げた左の掌、「片手」だけで、頭上から迫る巨大な岩拳を真正面から迎え撃った。
ドォォォォンッ!!
縦穴空間全体を激しく揺るがす轟音とともに、凄まじい衝撃波が炸裂した。
岩拳の底面と俺の左掌が真っ向から噛み合い、巨人が誇る圧倒的な質量と突進力が、俺の腕一本に完全に受け止められる。
足元の石畳にバキバキと放射状の亀裂が走る。
けれど、石橋自体が崩落することはなく、余波の暴風が背後へと吹き抜けるだけで、後ろのラウルたちに直接の衝撃が届くことはない。
頭上の別石橋に立つクラリスも、冷静に足場を維持していた。
もうもうと舞い散る土煙のなか、巨大な岩拳を左掌一つで完全に制止させたままの静止した光景が、数拍の間続いた。
俺は鯉口を切った腰の鉄の剣をあえて抜かないまま、左掌に伝わってくる手応えを冷静に見極めていた。
(重い……だが、受け止められない重さじゃない)
掌を通じて、岩石巨人の速度、威力、そして筋力の総量が伝わってくる。
かつての俺なら一瞬で押し潰されていたはずの一撃だ。
だが、Lv30へと到達し、腕力120・体力120となった今の俺の肉体なら、腕一本で十分に御しきれる。
手応えを見極めた俺は、左腕の筋肉と神経へさらに魔力を注ぎ込み、グッと力を込めた。
「ふんっ!」
一気に腕を押し上げる。
ズズズンッ!!
片腕だけで押し返された岩石巨人は、五メートルを超えるその巨躯をグラリと大きく仰け反らせ、足元の石畳を軋ませて後退した。
グオオオオオンッ!!
押し戻された岩石巨人が体勢を立て直そうと、赤黒い眼光を明滅させて怒りの咆哮を上げる。
俺は間合いを保ちながら、背後の状況を素早く視界に収めた。
石壁際には、最初の風圧で吹き飛ばされた後衛支援役の男が頭を打って気絶している。
その隣では、砕かれた金属盾の破片の傍らで、前衛戦士が折れた左腕を抱えて苦悶の呻き声を上げていた。
そして俺のすぐ背後――濡れた石畳に無様に尻餅をつき、大剣を取り落としたラウルが、震える指先を俺へと向けていた。
顔面を蒼白に染め、涙と鼻水、そして冷たい脂汗で顔をぐしゃぐしゃに歪ませている。
「嘘だろ……片手で……あんな化け物の一撃を……!? あり得ねえ……なんで片手で……」
裏返った声で、ラウルは錯乱するように呟いていた。
俺を理不尽に追放した相手だが、復讐する気も起きないほど、とっくに見限った過去の存在だ。
俺は淡々とした落ち着いたトーンで、短く告げた。
「怪我人を連れて壁際まで下がっていてくれ。ここは俺たちが引き受ける」
「あ……が……っ」
ラウルは言葉を失い、口をパクパクと開閉させるだけで何も言い返すことができなかった。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
石橋の前方で、体勢を立て直した岩石巨人が全身の鉱石装甲を激しく硬質化させた。
胸部中央の赤黒い魔力を不気味に明滅させ、両の眼窩を血のように赤く輝かせる。
邪魔な侵入者である俺を確実に叩き潰そうと、丸太のように太い両腕を頭上高くへと振り上げ、連続攻撃の態勢に入った。
二本の巨腕が、空気を切り裂いて同時に振り下ろされようとした――その瞬間。
「エルンさん! 胸部中央の装甲の継ぎ目に魔導核がありますわ! 今、隙を作ります!」
頭上で交差する別石橋の接続部から、凛としたクラリスの通る声が縦穴空間に響き渡った。
見上げれば、クラリスが青と白の上質な魔導ローブを風になびかせ、先端に風の宝珠を嵌め込んだ細身の魔導杖を掲げている。
澄んだ碧眼に青い光を宿し、【魔力感知】によって巨人の全身を透視するように見据えていた。
巨人の両腕が振り下ろされるより速く、クラリスは手元の魔導杖を鋭く振り抜いた。
「風よ、視界を拓き装甲を削りなさい――【風刃】! そして雷よ――【雷撃】!」
ヒュバババッ!!
圧縮された鋭利な風の刃が幾重にも連なって放たれ、巨人の胸部中央――魔導記録に記された装甲の継ぎ目へと寸分の狂いもなく直撃した。
硬質な花崗岩の表層が激しく削り落とされ、細かな破片となって吹き飛ぶ。
そこへ間髪を入れず、太い紫電が空を裂いて突き刺さった。
バチバチィッ!!
「グガガッ……!?」
激しい火花が散り、電撃の麻痺が岩石巨人の巨躯を駆け巡った。
両腕を振り下ろそうとしていた巨人は攻撃を中断させられ、全身を硬直させてピタリと動きを止める。
削り取られた胸部装甲の隙間から、赤黒く妖しく脈動する魔導核が完全に露出していた。
頭上で淀みなく洗練された魔法を行使するクラリスの姿を見て、背後のラウルが息を呑んだ。
「あ、あんな上等な魔導士まで……」
電撃の麻痺によって硬直した岩石巨人。
露出した魔導核は、剥き出しのまま赤黒い光を激しく明滅させている。
頭上の石橋から、クラリスの澄んだ声が響き渡った。
「エルンさん、今ですわ!」
「ああ――!」
俺は腰の新調した鉄の剣を一気に抜き放った。
シャキィン――。
俺は【身体強化】を全開にし、魔力を全身の筋肉、骨格、そして神経のすべてへと爆発的に巡らせた。
腕力120、敏捷121。極限まで強化された足腰が、いつでも大地を蹴り抜けるよう力を溜め込む。
さらに、Lv30に達した俺の内に満ちる膨大な魔力――魔力119の力を、手にした鉄の剣へと惜しみなく注ぎ込んだ。
フッ……ボワッ!!
白刃が眩いばかりの青白い魔力の燐光をまとい、刀身から立ち上る魔力の奔流が、石橋の空気をビリビリと震わせる。
凄まじい密度の威圧感が空間全体を満たし、吹き抜ける風の向きすら変えていく。
「ひっ……!?」
背後から、小さく息を呑んで震えるラウルの気配が伝わってきた。
だが、俺の意識はすでに目の前の敵だけに向けられていた。
腰を深く落とし、胸元の魔導核を一撃で穿ち砕くべく、切っ先を構えて渾身の踏み込みの体勢を取る。
(集中しろ……確実に一撃で決める)
青白い光を滾らせた刃が、硬直する岩石巨人の急所を真っ直ぐに捉えていた――。




