第10話 初心者の迷宮踏破
ギルドで正式にDランク冒険者へと昇格した俺は、クラリスと共にその足で再び『初心者の迷宮』へと潜っていた。
目指すのは、この迷宮の最奥にして最後の関門――第五階層、最深部だ。
Lv20へと到達した俺の身体能力と、クラリスの精密な魔法支援があれば、第四階層の突破に時間はかからなかった。
道中で襲いかかってきた牙狼の群れや大蜘蛛も、俺の速度とクラリスの【風刃】や【雷撃】で難なく蹴散らしていった。
背負い袋を揺らすこともなく通路を駆け抜け、俺たちはついに、行く手を阻む重厚な石扉の前へと辿り着いた。
苔むした巨大な両開きの石扉には、古代の紋様が深く刻み込まれている。
扉の隙間からは、上層とは比べものにならない湿気と、重苦しい魔力の気配が漏れ出していた。
「……ここが、最深部の入り口ですわね」
クラリスが青と白の上質な魔導ローブの裾を正し、先端に風の宝珠を嵌め込んだ細身の魔導杖を構えた。
澄んだ碧眼をすがめ、扉の奥の気配を探りながら口を開く。
「アルスター家の魔導記録にも記載がありましたわ。最深部の主は体長四メートルを超える泥巨人ですわ。体内のどこかにある魔導核を破壊しなければ倒せません」
「魔導核だな、了解だ。俺が必ず核を叩き割る」
俺は腰の新調した鉄の剣の柄に手を添え、力強く頷いた。
Dランクへ昇格したことで実力への手応えはあるが、迷宮のボスとの戦いはこれが初めてだ。心地よい緊張感が全身の神経を研ぎ澄ましていく。
俺は両手を扉にかけ、力を込めて押し開けた。
ズズズ……と重い石の擦れ合う音が響き、最深部のボスの間が姿を現した。
そこは、足元を湿った泥が覆い、土煙の立ち込める巨大な円形広間だった。
天井からは冷たい雫が絶え間なく滴り落ち、淀んだ空気が肌にまとわりつく。
広間の中央へと足を踏み入れた瞬間、奥の巨大な泥沼がボコボコと激しく泡立ち始めた。
ゴゴゴゴ……!
地響きとともに、泥と土石を激しく巻き上げながら、巨大な影が立ち上がる。
それは、広間の天井近くまで達する巨大な泥の塊だった。
体長は優に四メートルを超えている。
不定形にうごめく泥の肉体から太い腕を生やし、その巨躯が侵入者である俺たちを見下ろしてきた。
初心者の迷宮の主――Dランク魔物「泥巨人」だ。
「オオオオオオオンッ!!」
重苦しい地鳴りのような咆哮を轟かせ、泥巨人が大木のように太い泥の腕を頭上高くから振り下ろしてきた。
「エルンさん!」
「任せろ!」
俺は足元に魔力を込めて【瞬歩】を発動した。
真横へと弾丸のように跳躍し、直撃の軌道から瞬時に身をかわす。
ドガァァァンッ!!
凄まじい轟音とともに、泥の巨腕が叩きつけられた石畳が一瞬で粉々に砕け散った。
飛び散る泥と石片の嵐をすり抜け、俺は即座に低く踏み込んだ。
腰の鉄の剣を一気に抜き放ち、泥巨人の振り下ろされた腕へと鋭い一閃を叩き込む。
ズブッ……!
(刃が吸い込まれる……!?)
手元に返ってきたのは、手応えのない鈍い感触だった。
鋭く研ぎ澄まされた鉄の白刃は、泥の肉体へと深々とめり込み、その衝撃をすべて泥に吸収されてしまったのだ。
俺は瞬時に手元の剣を泥から力強く引き抜き、バックステップで後方へと大きく間合いを取り直した。
直後、切り裂いたはずの泥巨人の腕の傷口が、波打つように泥を集めて瞬く間に塞がっていく。
傷一つ残らない完全な自己再生だ。
並の物理攻撃ではまったくダメージが通らない。
手元の剣を構え直して身構えた俺に対し、泥巨人は巨躯を震わせて反撃に出た。
胴体の泥を砲弾のように丸め、無数の泥弾として俺たちへ乱射してきたのだ。
バババババッ!
高速で飛来する泥の塊が空気を切り裂く。だが、背後のクラリスが素早く魔導杖を掲げた。
「風よ、吹き荒れなさい――【突風】!」
ゴォッ!!
クラリスが放った激しい風が、飛来する泥弾を吹き飛ばし、その軌道を綺麗に左右へと逸らしていった。
泥弾は広間の壁に当たって虚しく炸裂する。
泥弾を逸らしたクラリスが、声を張り上げた。
「物理攻撃が吸収されますわ! 属性魔法で泥を削り、魔導核を暴き出します!」
クラリスは澄んだ碧眼に青い光を宿し、【魔力感知】を展開して泥巨人の巨躯を透視するように見据えた。
「胸の中央に強い魔力反応がありますわ! 風よ、泥を吹き飛ばしなさい――【風刃】! そして動きを止めよ――【雷撃】!」
ヒュバッ!!
圧縮された鋭利な風の刃が連射され、泥巨人の胸元の泥を激しく削り取っていく。
削られた泥の奥から、赤黒く妖しく脈動する魔導核が露出した。
そこへ間髪を入れず、太い紫電が空を裂いて直撃した。
バチバチィッ!!
「グガガッ……!?」
激しい電撃が泥の巨体を駆け巡り、泥巨人は全身を硬直させてピタリと動きを止めた。
電撃の麻痺によって泥のうごめきが止まり、核を覆い直す再生が追いついていない。
完璧な支援と、完璧に作られた隙。
「エルンさん、今ですわ!」
クラリスの鋭い合図が響き渡った。
「ああ――行くぞ!」
俺は力強く頷くと、足元に魔力を爆発させて泥に覆われた石畳を蹴り抜いた。
【身体強化】の魔力を全身の筋肉と神経へ一気に巡らせる。
Lv20に達した腕力80・敏捷81の肉体が、爆発的な推進力を生み出した。
ドンッ!
視界の景色が後ろへと吹き飛ぶ。
電撃の麻痺で硬直した泥巨人の懐へ、一瞬で距離を詰めた。
そのまま石畳を強く踏み込み、胸元の魔導核へ向けて高く跳躍する。
空中で鉄の剣を両手で構え、全身の体重と腕力のすべてを白刃へと乗せた。
赤黒く脈動する魔導核の表面が、目の前にはっきりと見えた。
「これで、終わりだ……!」
ズバァァァンッ!!
渾身の力で振り抜いた一撃が、露出した魔導核を真っ正面から直撃した。
乾いた甲高い破壊音が響き渡り、魔導核は粉々に砕け散った。
「ゴ……オ……ッ……!」
核を破壊された泥巨人は、断末魔の唸り声を漏らしながらその場に崩れ落ちた。
形を保てなくなった泥の巨躯が、広間の石畳の上でどろどろと崩壊していく。
その残骸から、天賦スキル【経験値×100】が発動した。
ボスの百倍という規格外の霊質が、これまで見たこともない規模の青白い光の激流となって立ち上る。
広間全体を青一色に染め上げる巨大な奔流となり、滝のように俺の胸元へと一気に吸い込まれていった。
ドクンッ!
胸の奥が熱く脈打ち、頭の中に澄んだ鐘の音が激しく連打された。
脳裏に浮かび上がる数値が、凄まじい勢いで跳ね上がっていく。
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【レベルアップ】
エルン:Lv20 → Lv21 → Lv22 → Lv23 → Lv24 → Lv25
HP:86 → 106(+20)
MP:84 → 104(+20)
腕力:80 → 100(+20)
体力:80 → 100(+20)
敏捷:81 → 101(+20)
魔力:79 → 99(+20)
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(Lv25……! 腕力と体力が100、敏捷が101……!)
全身を駆け巡る圧倒的な熱量とともに、肉体そのものが根底から作り替えられていくような感覚があった。
主要な身体ステータスが、ついに100の大台を突破したのだ。
魔力を含むすべての能力もほぼ100へと届き、俺はCランク冒険者の適正領域へと完全に足を踏み入れていた。
戦闘の疲労は一瞬で綺麗に消え去り、底知れない力が全身の隅々まで満ち溢れていた。
広間を染め上げていた光の奔流が収まり、静けさが戻る。
振り返ると、クラリスは魔導杖を握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。
碧眼を丸く見開き、俺の胸元と広間の残滓を交互に見つめ、あまりの光景に言葉を失っている。
俺は息を整えて鉄の剣を鞘へと納めると、クラリスに向き直って言った。
「クラリスが完璧に泥を削って動きを止めてくれたおかげだ。ありがとう」
「…………っ」
声をかけられたクラリスは、ハッと我に返ったように肩を揺らした。
それから慌てて背筋を伸ばし、上気した頬を緩めて誇らしげに微笑んだ。
「ええ、一瞬の隙を逃さない見事な踏み込みと一撃でしたわ。私たちの連携の勝利ですわね……それにしても、相変わらず桁外れの威力ですけれど」
泥巨人が消滅した場所には、深く澄んだ上質な魔石が転がっていた。
拳よりも一回り大きな魔石を拾い上げ、布で拭って革袋へとしまう。
さらに広間の最奥へと進むと、石造りの「踏破の祭壇」の上に、淡い光を放つ豪奢な宝箱が出現していた。
「迷宮踏破の報酬宝箱ですわね」
クラリスと共に確認しながら宝箱を開けると、中には上等な迷宮素材が収められていた。
手早く素材を回収し、俺たちは顔を見合わせて笑みを交わした。
「これで『初心者の迷宮』完全踏破だな」
「ええ、やりましたわね、エルンさん!」
パーティを追放されてから、わずか一日余り。
俺たちは駆け出し冒険者向けの迷宮を、完全に制覇したのだ。
迷宮の長い階段を上り、外へと戻ると、夕暮れの涼しい風が吹き抜けていった。
見上げれば、西の空が一面の茜色に美しく染まり始めている。
街道の先には、活気に満ちた迷宮都市バロールの街並みが広がっていた。
そしてその都市の中央には、巨大な大穴を開ける本命のダンジョン――『深淵の迷宮』が鎮座している。
クラリスが夕風にプラチナブロンドの髪を揺らしながら、バロールの街を見つめて微笑んだ。
「これで私たちも、次なる『深淵の迷宮』へ挑む準備が整いましたわね」
俺は腰の鉄の剣に手を添え、Lv25へと成長した身体に力を込め、拳をぎゅっと握りしめた。
胸の奥から、未知の領域への高揚感が湧き上がってくる。
「ああ。次はあの『深淵の迷宮』だ。もっと強くなって、もっと深い場所へ行こう」




