第85話『交渉の行方』
商会からの提案を受けて数日、『クローバー』の四人は屋台の片付けを終えた後、ゴードンの屋台の一角に集まっていた。テーブルの上には、ベルナールから渡された契約書が広げられている。
「みんな、それぞれ考えはまとまったか?」
啓太が問いかけると、リーネが真剣な表情で答えた。
「わたし、独占契約は、やっぱり嫌ですぅ。ゴードンさんとの激辛勝負とか、屋台でのやり取りも、大事な思い出ですから」
「あたいも同意見だ。商会の言いなりになるのは、なんか性に合わねぇ」
ルナが腕を組みながら言うと、シルフィも頷いた。
「鉱石の方は、確かに協力する価値があると思う。でも、条件はちゃんと交渉すべきだよね」
「よし、方針は固まったな。独占は断って、期間と地域を限定した契約に持ち込む。鉱石については、資金援助を引き出す方向で交渉しよう」
啓太の言葉に、全員が力強く頷いた。
「なら、あたいも一つ考えがあるぜ」
隣で串を焼いていたゴードンが、会話に割り込んできた。
「交渉ってのは、相手にも旨味を感じさせつつ、こっちの譲れない部分はきっちり主張することが大事だ。あたいも昔、商会相手に似たような話をしたことがあるからよ」
「参考になります、ゴードンさん」
啓太が真剣にメモを取ると、ゴードンはニヤリと笑った。
「まあ、頑張ってこいよ。応援してるぜ」
翌日、四人は改めてギルドの応接室でベルナールと対面した。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。ご検討の結果を伺えますでしょうか」
ベルナールが柔らかな笑みを浮かべながら切り出す。啓太は深呼吸をしてから、落ち着いた声で答えた。
「まず、『激辛からあげ』についてですが、独占契約という形は、お断りさせていただきたいと思います」
「――と、言いますと?」
ベルナールの表情が、わずかに強張った。
「屋台での商売は、俺たちにとって単なる収益源以上の意味を持っています。それに、街の常連客との関係も大切にしたいので、完全な独占は難しいです」
「なるほど。それでは、この話自体、なかったことにということでしょうか」
「いえ、代案があります。期間と地域を限定した契約でしたら、前向きに検討したいと思っています」
啓太は用意していた提案を、順を追って説明した。屋台での通常販売は続けながら、広域展開のみを商会に任せる形。期間も三年で区切り、その後は再交渉とすること。
ベルナールはしばらく考え込んでから、口を開いた。
「……なかなか、思い切ったご提案ですね。ですが、悪くない条件だと思います」
「それと、瘴気を弱める鉱石についてですが」
啓太は続けて、鉱石に関する提案を切り出した。
「流通と加工については、商会にお任せしたいと思っています。ただし、その代わりに、竜の穴の調査研究に対する資金援助をお願いしたいです」
「資金援助、ですか」
「はい。発生源討伐は、街全体の安全に関わる問題です。商会としても、無関係ではないはずです」
啓太の言葉に、ベルナールは少し考え込むような表情を浮かべた。
「確かに、その通りですね。……分かりました、その条件でしたら、上と相談の上、前向きに検討させていただきます」
「ありがとうございます」
啓太が頭を下げると、ベルナールは小さく笑みを浮かべた。
「率直に申し上げますと、当初の提案よりも、こちらの方が長期的には良い関係を築けそうですね。若いのに、なかなかの交渉上手だ」
「いえ、仲間や、街の人たちの助言のおかげです」
啓太が謙虚に答えると、ベルナールは満足げに頷いた。
「では、正式な契約書は、後日改めて作成いたします。今後とも、良いお付き合いができれば幸いです」
握手を交わし、ベルナールが退室すると、応接室に残された四人は、ほっと息をついた。
「やった……! ちゃんと、みんなの意見を反映できましたぅ!」
リーネが嬉しそうに飛び跳ねる。
「啓太、なかなかやるじゃねぇか。あたい、感心したぞ」
ルナが啓太の肩を軽く叩くと、シルフィも笑顔で頷いた。
「屋台の商売も守れて、それに鉱石の研究にも協力してもらえる。いい落としどころだったと思う」
「みんなの助けがあったからだ。ゴードンさんのアドバイスも、すごく役に立った」
啓太が安堵の笑みを浮かべながら答えると、四人は顔を見合わせて、達成感に満ちた笑い声をあげた。
その夜、四人はゴードンの屋台で、ささやかな祝杯をあげることにした。
「交渉成立、おめでとうさん! 今日はあたいの奢りだ、好きなだけ食え!」
「本当ですかぁ! やったですぅ!」
リーネが目を輝かせて串焼きに手を伸ばす。
「今日は激辛じゃなくて、普通の串焼きにしてくれよな。もう当分、辛いのは勘弁だ」
「わかってるって、今日は特別サービスだ!」
賑やかな笑い声が、夜の屋台街に響き渡る。商会との交渉という新たな課題を乗り越え、『クローバー』はまた一つ、確かな成長を遂げていた。
「これで一段落だな。次は、また竜の穴に集中できそうだ」
啓太が呟くと、ダグラスの声が背後から響いた。
「おう、待たせたな! 交渉成立、聞いたぜ! たいしたもんだ!」
「ダグラスさん! ちょうどよかった、一緒にどうですか?」
「もちろんだ! よし、今日は無礼講だ、みんなでパーッと飲むぞ!」
賑やかな声に包まれながら、五人は夜の屋台街で、しばしの祝いのひとときを過ごすのだった。




