第84話『商会からの使者』
探索から数日後、ギルドの受付から呼び出しがあった。用件を聞かされた啓太たちは、少し戸惑いながらも応接室へと向かった。
「お待ちしておりました。突然のご連絡、失礼いたします」
応接室で待っていたのは、上質な仕立ての服に身を包んだ、恰幅の良い中年の男だった。隣には、几帳面そうな雰囲気の書記官らしき人物が控えている。
「私、グランドール商会の者で、ベルナールと申します」
「グランドール商会……確か、この辺り一帯で手広く商売をしている、大きな商会ですよね」
啓太が記憶を辿りながら言うと、ベルナールは満足げに頷いた。
「ご存知でしたか。今日お伺いしたのは、皆様の活動について、いくつかご相談したいことがございまして」
「相談、ですか?」
「はい。まず一つ目は、皆様が屋台で提供されている『激辛からあげ』についてです」
その言葉に、リーネの目がぱっと輝いた。
「わたしの激辛からあげ、ですかぁ?」
「ええ。街で評判になっていると耳にしましてね。ぜひ、当商会と正式に契約を結び、広域での商品化にご協力いただけないかと」
「商品化、ですか……! それって、もっとたくさんの人に食べてもらえるってことですかぁ?」
リーネが期待に満ちた表情で身を乗り出すと、啓太が少し慎重な様子で口を挟んだ。
「具体的には、どのような条件になりますか?」
「もちろん、レシピの独占的な使用権をいただく代わりに、相応の対価をお支払いいたします。加えて、今後の商品開発についても、優先的にご相談させていただきたく」
「独占的な使用権、ですか……」
啓太は少し考え込んだ。悪い話ではなさそうだが、独占となると、屋台での商売そのものに影響が出るかもしれない。
「もう一つのご相談は、竜の穴で発見された、瘴気を弱める鉱石についてです」
ベルナールの声のトーンが、少し真剣なものに変わった。
「ギルドを通じて情報を伺いました。その鉱石、実用化できれば、瘴気関連の被害を受けている他の地域にも役立つ可能性があります。ぜひ、当商会が流通と加工を担わせていただけないかと」
「それは、確かに重要な話ですね」
啓太が真剣な表情で頷くと、ベルナールは机の上に一枚の書類を広げた。
「こちらが、契約の概要になります。ご検討いただき、後日お返事をいただければ」
書類には、細かい文字でびっしりと条件が書き連ねられていた。啓太はそれを丁寧に読み進めながら、慎重に言葉を選んだ。
「大変ありがたいお話だとは思いますが、この場ですぐにお返事することはできません。仲間ともよく相談し、ギルドのエルザさんにも意見を伺いたいので、少しお時間をいただけますか」
「もちろんです。慎重なご判断、大変結構だと思います。焦らせるつもりはございません」
ベルナールは丁寧な口調で答えたが、その目の奥には、抜け目のない商人らしい光が見え隠れしていた。
「それでは、良いお返事をお待ちしております」
ベルナールと書記官が退室すると、応接室には四人だけが残された。
「独占契約、かぁ……」
シルフィが書類を覗き込みながら呟く。
「悪い話ではなさそうだけど、なんだか慎重になった方がいい気がする」
「わたしのからあげ、たくさんの人に食べてもらえるのは嬉しいですけど……独占って言われると、ちょっと不安ですぅ」
リーネも複雑そうな表情を浮かべた。
「鉱石の方も、瘴気対策に役立つなら良いことだと思うけど、条件次第では、あたいらの取り分がほとんどなくなる可能性もあるよな」
ルナが書類の一部を指差しながら言う。
「ああ。まずはエルザさんに相談しよう。それに、ダグラスさんにも、こういう商会絡みの話について、何か知ってることがないか聞いてみたい」
啓太が慎重に方針を固めると、全員が頷いた。
その後、四人は研究室のエルザを訪ねた。事情を説明すると、エルザは少し眉をひそめた。
「グランドール商会ですか……悪い噂は聞きませんが、なかなかしたたかな商会として知られています。契約内容は、隅々までしっかり確認した方がいいでしょう」
「独占契約について、何かアドバイスはありますか?」
「そうですね……独占権を渡すにしても、期間や範囲を限定するなど、交渉の余地は十分にあるはずです。急いで判断する必要はありません」
エルザの助言に、啓太は真剣な表情で頷いた。
「分かりました。まずは、ゴードンさんにも相談してみようと思います。屋台の商売にも関わることですから」
「それがいいと思います。急な話ですし、慎重に進めてください」
研究室を出た四人は、そのままゴードンの屋台へと向かった。事情を聞いたゴードンは、腕を組みながら唸った。
「商会からの話か……そりゃまた、面倒な話が来たな」
「ゴードンさんは、こういう話、詳しいですか?」
「まあ、多少はな。商会ってのは、うまく付き合えば強い味方になるが、油断すると足元見られることもある。焦らず、じっくり交渉することだな」
ゴードンの言葉に、啓太は改めて気を引き締めた。
「ありがとうございます。じっくり、みんなで話し合って決めます」
「おう、なんかあったら相談しろよ。あたいも、お前らの味方だからな」
夕暮れの屋台街を歩きながら、四人は今後の方針について、静かに、しかし真剣に話し合いを続けていくのだった。
「発生源討伐だけじゃなく、こういう問題にも向き合わないといけないんだな」
啓太が呟くと、シルフィが小さく笑った。
「大変だけど、一つ一つ、ちゃんと考えていこう」
「はいですぅ。わたしのからあげのことも、みんなで一緒に決めたいです」
リーネの言葉に、啓太は優しく頷いた。
「ああ、もちろんだ。焦らず、みんなにとって一番いい選択をしよう」
夕暮れの空の下、『クローバー』はまた一つ、新たな課題と向き合い始めていた。




