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第8話『異世界のお風呂と魔導具』


シルフィに教えてもらった通り、母屋の廊下の奥に進むと『浴場』と書かれた木製の札が下がっていた。


脱衣所に入ると、ふわっと温かい湯気と木の爽やかな香りが漂ってくる。棚にはシルフィの言っていた通り、きれいに折りたたまれた白い無地のタオルが積み上がっていた。


「へえ……本当に清潔だな。掃除が隅々まで行き届いてる」


前世のコンビニ店長時代、水回りの清掃チェックを毎日徹底していた啓太だからこそ分かる。手入れの行き届いた脱衣所を見て、改めてこの宿の質の高さを実感した。


制服を脱いでカゴに置き、引き戸を開ける。


「へえ……これはいいな」


そこに広がっていたのは、一人から二人で入るのにちょうどいい、こぢんまりとした清潔なお風呂場だった。


手入れの行き届いた木枠の浴槽には、並々と透明なお湯が張られており、心地よい湯気が立ち上っている。


注目すべきは、壁に取り付けられた金属製の筒と、そこに組み込まれた赤く光る小さな魔石のような物体だ。


(これが女将さんの言ってた『魔導具のお湯沸かし器』か……!)


啓太は洗い場の桶にお湯を汲み、身体を流しながら観察する。


井戸水を汲み上げて、魔石の熱で一気にお湯に変えて給湯しているらしい。


(電気やガスがない世界で、魔石を使って温水システムを構築してるのか。……待てよ? 個人経営の宿屋でこれを導入するってことは、魔石の維持費と初期投資のバランスはどうなってるんだろ?)


つい経営者目線で「もし自分が店を出すなら、この魔導具を導入するコストはいくらかかるか」などを考えてしまう。


苦笑しながら頭を振ると、啓太はたっぷりと湯を溜めた浴槽へ、足を伸ばして静かに身を沈めた。


「〜〜〜〜〜っ! あたたたた……ふぅぅぅぅ……っ」


全身の力が抜け、思わず声が漏れる。


強盗に刺されたショック、異世界への転生、慣れない街道歩き――知らず知らずのうちに張っていた緊張の糸が、温かいお湯の中に優しく溶け出していくようだった。


(助かったなぁ……。神様の説明不足で一時はどうなるかと思ったけど、お湯に浸かれる環境があるだけで、生きてて良かったって思えるよ……)


じっくりと湯船で身体を温め、前世の垢を洗い流すようにさっぱりした啓太は、風呂から上がってタオルで身体を拭いた。


そして脱いだコンビニの制服を苦笑いしながら着直す。


(はは、せっかく風呂でさっぱりしたのに、また同じ服を着るしかないとは……。明日の朝一で真っ先に服を買いに行こう)


湯上がりで少し火照った顔のまま脱衣所を出ると、ちょうど廊下の向こうから着替えを持ったシルフィが歩いてくるところだった。


「あ、ケイタ! お風呂どうだったー?」


「最高だったよ。お湯の温度もぴったりだし、魔導具のおかげでめちゃくちゃ快適だった」


「でしょー! じゃ、次あたし入ってくるね! 上がったら食堂で合流しよ!」


「おう、ゆっくり入っておいで」


シルフィとすれ違い、啓太は離れへ戻るため、裏庭を突っ切る近道を選んだ。


――その途中、視界の端に、あるものが映った。


(あれ……さっきより、扉が大きく開いてないか?)


物置小屋の扉が、風で揺れるにしては不自然なほど、大きく開け放たれている。中は薄暗く、何があるのかまでは見えない。


(気のせいだと思いたいけど……いや、確かめておいた方がいいか)


 元コンビニ店長として、深夜に不審な物音がすれば必ず確認しに行くのが染みついた習性だった。啓太は足音を殺し、そっと物置小屋へと近づいていく。


 扉の隙間から中を覗き込んだ、その瞬間。


 ガサッ――。


 小屋の奥、積み上げられた木箱の陰で、何かが動いた。


「……っ!」


 啓太は思わず身構えた。獣か、それとも――。


 暗闇の中で、小さな二つの光が、じっとこちらを見つめ返していた。


(目……? 動物、にしては……)


 湯上がりの火照りが、一瞬にして冷たいものに変わっていくのを、啓太は感じていた。


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