第73話『新メニュー開発』
研究室を訪れた翌日。四人は久しぶりに、屋台での営業に専念することにした。
「たまにはこうやって、のんびり商売するのもいいね」
シルフィが仕込みを手伝いながら、伸びをする。柔らかな朝日が、屋台の軒先を照らしていた。
「ああ。頭を使う調査ばかりだと、さすがに気が張りっぱなしだからな」
啓太が油の温度を確認しながら答える。
「よぉ、久しぶりだな。ここんとこ、あんまり見かけなかったが」
隣の屋台からゴードンが顔を出した。串を扱う手つきも、以前よりずいぶんと様になっている。
「色々調べ物をしていまして。今日はまた、いつも通りやりますよ」
「そうか。……ところで、新作の話は進んでるのか? 前に聞いた気がするが」
「新作、ですか?」
啓太が首をかしげると、ルナが思い出したように手を叩いた。
「ああ、そういえば! 前にリーネが、辛い味のからあげも食べてみたいって言ってたよな」
「そうですぅ! わたし、辛党なんです! 甘辛だけじゃなく、ピリ辛バージョンも食べたいですぅ!」
リーネが目を輝かせながら訴える。両手を握りしめ、既に味を想像しているような表情だった。
「悪くないアイデアだな。……よし、今日は営業の合間に試作してみるか」
啓太は倉庫から、辛味の効いた魔導香辛料をいくつか取り出した。以前グランドールの市場で見つけた、真っ赤な唐辛子に似た香辛料だ。
「これを使えば、かなり本格的な辛さが出せるはずだ」
「わたし、辛いの得意ですから、味見係、任せてくださいですぅ!」
リーネが張り切って立候補する。その意気込みに、シルフィとルナが顔を見合わせて笑った。
開店中の合間を縫って、啓太は試作に取り掛かった。いつもの甘辛ダレに、すりつぶした唐辛子と、ピリッとした風味の香草を加える。配合を少しずつ変えながら、味の調整を重ねていった。
「よし、まずは一つ揚げてみよう」
ジュワァァァッという小気味よい音とともに、辛みを帯びた香りが屋台に漂い始めた。
「うわ、これ、匂いだけで鼻がツンとするね!」
シルフィが少し目を潤ませながら呟く。
「味見、行きますぅ!」
リーネが揚げたての一つを頬張った。次の瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。
「ふぁあああっ……! 辛いっ! でも美味しいっ! 甘辛さの後から来る辛みが、クセになりますぅ! もう一個食べたいですぅ!」
「本当か? じゃああたいも」
ルナも一口かじると、勢いよく水を求めた。
「くぅーっ! 確かに辛ぇ! だが、これは酒が進む味だ! これも商品化しよう、店長!」
「そうだな。名前は――『激辛からあげ』でどうだ」
「シンプルでいいと思う!」
シルフィが笑いながら頷く。じゃあ次はわたしも、と恐る恐る一切れを口に運び、涙目になりながらも満足げな表情を浮かべた。
試作品の評判を聞きつけた常連客たちも、次々と味見を希望してきた。
「おお、これは新しい味だな! ピリ辛好きにはたまらんぞ!」
「一つくれ! いや、二つだ!」
あっという間に評判が広まり、その日のうちに『激辛からあげ』は正式メニューとして加わることになった。売り切れの声があちこちで上がるほどの盛況ぶりに、四人は嬉しい悲鳴を上げながら手を動かし続けた。
「よし、また一つ、看板メニューが増えたな」
啓太が満足げに頷くと、ゴードンが串焼きを片手に顔を出した。
「おいおい、また面白そうなもん作ってんな。うちも負けじと新作考えないとな」
「お互い頑張りましょう、ゴードンさん」
「そうだ、今度は激辛の串焼きなんてどうだ? ゴードンさんの技術と合わせたら、最強の組み合わせになりそうですぅ!」
リーネの提案に、ゴードンは腕を組んで唸った。
「面白いこと言うじゃねぇか。今度、試作でもしてみるか」
夕暮れの屋台街に、賑やかな声が響き渡る。閉店の片付けをしながら、シルフィがふと空を見上げた。
「なんだか、こういう時間が一番好きかも」
「同感だな。ダンジョンの緊張感とはまた違う、心地よい疲れがある」
啓太も柔らかく笑いながら頷いた。
ダンジョンの脅威という重い課題を抱えながらも、こうした何気ない日常の積み重ねが、『クローバー』の日々を支えているのだった。




