第72話『瘴気の正体』
瘴気コウモリから採取した結晶を手に、四人はギルドの研究室を訪れていた。薬品と紙束の匂いが入り混じった、独特な空気が漂っている。
「これは……確かに瘴気を含んだ結晶ですね。持ってきてくださって助かります」
対応してくれたのは、分厚い眼鏡をかけた学者風の女性だった。名をエルザといい、竜の穴の異変を独自に調査しているという。机の上には、所狭しと資料や標本瓶が並んでいた。
「実はここ最近、こういった瘴気持ちの魔物からの検体が、なかなか集まらなくて困っていたんです。皆さん、危険を避けて近づかないので」
「エルザさんは、この瘴気について何か分かっているんですか?」
啓太が尋ねると、エルザは結晶を光にかざしながら答えた。結晶の内部で、紫色の光がゆらゆらと揺れていた。
「まだ断定はできませんが、これは『穢れの残滓』と呼ばれる現象に近いと考えています。何らかの強い負の力が、ダンジョンの一部に蓄積し、それが魔物に影響を及ぼしている、という説です」
「負の力……それは、どこから来てるんですか?」
「そこが分からないんです。過去の文献によれば、似たような現象が数十年前にも別のダンジョンで確認されていて、その時は最終的に、ダンジョンの奥深くに眠っていた強力な魔物――いわゆる『瘴気の発生源』を討伐することで、現象が収まったと記録されています」
エルザは古びた文献のページを開き、四人の前に差し出した。所々かすれた文字で、当時の調査記録らしきものが綴られている。
「つまり、あのドラゴンが、その発生源である可能性がある、と?」
啓太の問いに、エルザは静かに頷いた。
「可能性は高いと見ています。変異個体としての報告例も、そのドラゴンを中心に集中していますから。それに、瘴気の濃度は最深部に近づくほど強くなる傾向があるようです」
「わたし、また怖くなってきましたぁ……」
リーネが不安げに杖を握りしめる。長い耳が、しゅんと垂れ下がっていた。
「大丈夫だ、リーネ。すぐに挑むわけじゃない。まずは知ることが大事だ」
啓太が優しく声をかけると、リーネは小さく頷いた。
「討伐すれば、瘴気は収まるんですか?」
シルフィの質問に、エルザは資料をめくりながら答えた。
「過去の記録上はそうなっています。ただし、注意点があります。発生源となる魔物は、瘴気を吸収し続けることで、通常よりも遥かに強大化している可能性が高い。生半可な戦力で挑めば、命を落とすことになるでしょう」
重い沈黙が研究室に流れた。
「今のところ、俺たちにできることは?」
「引き続き、周辺層での瘴気持ち魔物の討伐と、検体の収集に協力してもらえると助かります。データが集まれば集まるほど、対策も立てやすくなりますから」
「分かりました。俺たちにできる範囲で、協力させてください」
啓太が頭を下げると、エルザは少し驚いたような顔をした。
「随分と協力的なんですね。Bランクになったばかりのパーティが、ここまで首を突っ込むのは珍しい」
「竜の穴で商売もしている身なので、他人事じゃないんです。それに――」
啓太はメンバーの顔を見渡しながら、静かに続けた。
「いつか、あのドラゴンと向き合うと決めていますから」
その言葉に、エルザは興味深そうに啓太を見つめた。
「面白いパーティですね。また何か分かったら、連絡します。……ああ、それと」
エルザは思い出したように、棚から小さな瓶を取り出した。
「これは瘴気への抵抗力を高める簡易的な薬です。まだ試作段階ですが、良ければ持っていってください。今後の調査協力の、ささやかなお礼です」
「ありがとうございます、助かります」
啓太は丁寧に瓶を受け取り、懐にしまった。
研究室を出た後、ルナがぽつりと呟いた。
「発生源、か……。思ったより、ずっとでかい話になってきたな」
「ああ。だが、少しずつ全体像が見えてきた。焦らず、着実に情報と実力を積み重ねていこう」
「わたしたち、ちゃんと立ち向かえるでしょうか……」
リーネが不安げに呟くと、シルフィがその肩をそっと叩いた。
「大丈夫だよ、リーネ。今までだって、みんなで乗り越えてきたじゃない」
「そうだな。この街を守るためにも、あたいらでなんとかするしかねぇだろ!」
ルナが拳を握りしめると、リーネも少しだけ表情を和らげた。
啓太は懐にしまった資料の写しに、そっと手を添えた。
まだ見ぬ脅威の正体が、少しずつ明らかになっていく。
『クローバー』の挑戦は、新たな局面を迎えようとしていた。




