第71話 『【幕間】イカサマ暴きと逆転劇』
ルナは弾丸のような勢いで青年のもとへ駆け寄ると、その両手をがっしりと握りしめた。
「なぁアンタ! 見ない顔だな! 頼む、少しでいい、金を貸してくれ! 三倍にして返すからよ!」
「……は?」
青年――啓太は、突然のことに面食らった様子で固まった。周囲の客たちも、何事かとこちらに視線を向けている。隣にいた弓を背負った少女が、驚いた声を上げる。
「な、なになに!? いきなり失礼だよ!」
「ふぇぇぇ……! これ、カツアゲですかぁ!?」
長耳の少女も目を丸くして耳をぴんと逆立てた。
「カツアゲじゃねぇ! 投資だ、投資! あたいはヒーラーのルナ! 今ここであたいに賭ければ、絶対に倍にして返してやるからよ! あたいの直感は絶対なんだ!」
必死な形相で詰め寄るルナに、啓太はしばらく無言のまま見つめ返していた。
(初対面でいきなり金を無心してくるヒーラーか……。どこから突っ込めばいいんだ、これは)
元コンビニ店長としての苦労人の勘が、うっすらと痛みを訴えていた。だが、それ以上に彼の目を引いたのは、ルナの背後にあるカードテーブルだった。
「断る。初対面で賭け金をせびる相手に、金は貸せない」
「そこをなんとか! あたいの勘は絶対なんだって! 次は絶対に勝てるカードが出る!」
「……その勘、当てにならないと思うぞ」
啓太は静かにそう言うと、ルナが座っていたカードテーブルへ視線を向けた。ディーラーの手元、カードを配る瞬間の袖口の動きを、じっと観察する。周囲の喧騒が遠のき、意識がテーブルの一点に集中していく。
(――あれか)
元店長として培われた観察眼と、生まれ持った【強運】が、テーブルに仕込まれた小さな違和感を鋭く捉えていた。カードを繰る指先の不自然な動き、一瞬だけ膨らむ袖口。
「ルナと言ったな。あのディーラー、カードを配る時に袖の中で手札をすり替えてる。イカサマだ」
「……は? イカサマ……!?」
ルナが目を丸くした。
「そんな、まさか……。いや、でも、どうりであの卓、変な負け方が続くと思ってたんだ……! あたいの直感がおかしいわけじゃなかったのか!」
声を潜めて呟くルナに、啓太はニヤリと笑ってみせた。
「金は貸さないが――お前のその負け分、俺が代わりに引っくり返してやろうか」
「……本気で言ってんのか?」
「ああ。ただし、俺の指示通りに動いてもらう」
半信半疑のまま頷いたルナを連れ、啓太は再びカードテーブルへと向かった。ディーラーの些細な癖――袖の動き、視線の泳ぎ方――を見極めながら、啓太はルナに賭けるタイミングを的確に耳打ちしていく。
――と、ここまでは啓太にとって、ただの寄り道のつもりだった。だが、いざテーブルに着くと、シルフィとリーネも興味津々に周りを取り囲んでいた。
「ケイタ、本当に大丈夫なの?」
「見てればわかる」
「今だ。次のカードに賭けろ」
「わ、分かった!」
これまで散々負け続けていたテーブルで、ルナの手札が次々と揃い始めた。積み上がっていくコインの音に、周囲の空気が徐々にざわつき始める。
「な、なんだこれ……!? 急に流れが変わりやがった……!」
ディーラーの顔から見る見る血の気が引いていく。周囲の客たちもざわめき始めた。
「そこまでだ。あんたのイカサマ、もうバレてる」
啓太が静かにそう告げると、ディーラーは観念したように肩を落とした。周囲の視線が一斉に集まる中、店の主人らしき人物が慌てて駆けつけ、事の次第を確認していく。取り戻したコインを手に、ルナは呆然と立ち尽くしていた。
「……マジかよ。あたい、こんなに勝ったの、いつぶりだ……」
ルナは震える手で、積み上がったコインを見つめていた。
「その勝ち分は、これからは無駄遣いせずに、ちゃんとした装備に使うことだ」
「あ、当たり前だろ……! って、そもそもアンタ、何者なんだよ」
ルナの問いに、啓太は静かに微笑んだ。
「実は今、四人でパーティを組んでいる。前衛の俺と、弓のシルフィ、魔法のリーネ。回復役を探していたところなんだ」
「……あたいを誘ってんのか?」
ルナは思わず声を裏返らせた。
「よせよ。あたい、ギャンブル狂いで前のパーティも追い出された女だぞ。こんな怪しい真似見せられた後じゃ、余計信用できねぇだろ」
「あなたの腕は確かだと聞いた。それに、賭け事の駆け引きで見せたその判断力、悪くない。パーティに欲しい人材だ」
「本当ですかぁ? 回復役、ずっと探してたんですよね!」
リーネが嬉しそうに口を挟む。シルフィも興味深そうにルナを見つめていた。
「心強い仲間が増えるなら、あたしは大歓迎だよ!」
思いがけない言葉の数々に、ルナはしばらく言葉を失っていた。今まで、誰にもそんな風に見てもらったことはなかった。ただの悪癖持ち、パーティのお荷物とばかり言われ続けてきたのに。
「……本気で、言ってんのか」
「本気だ。それに、明日はちょうどBランクへの大昇格試験がある。もし興味があるなら、まずは仮加入という形で、俺たちと一緒に来てみないか」
啓太の言葉に、ルナは震える声で頷いた。
――こうして、破天荒な出会いから、ルナは『クローバー』に迎え入れられることになった。
カードテーブルでの逆転劇は、ルナの人生そのものを大きく変える、始まりの一夜となったのだった。




