第70話 『【幕間】すっからかんの夜』
――あたいの人生、いつからこんなにツキに見放されちまったんだろうな。
ルナは酒場『金貨とダイス亭』のカードテーブルで、すっからかんになったコイン袋を握りしめながら、そんなことを考えていた。
かつては、そこそこ名の知れたパーティで治癒術士をやっていた。仲間は五人。荒っぽいが気のいい奴らで、駆け出しの頃はそれなりに稼げていたはずだった。初めて討伐依頼を成功させた日、みんなで安酒を回し飲みして笑い合った記憶は、今でも鮮明に残っている。
狂い始めたのは、いつからだったか。
最初はただの憂さ晴らしだった。依頼の合間、酒場のカードギャンブルに興じる。勝てば酒がタダになる。負けても、笑い話で済む程度の額だった。
だが、いつの間にかそれが、抜け出せない沼になっていた。勝った時の高揚感が忘れられず、負けた分を取り返そうと、また卓に向かう。その繰り返し。
「ルナ、お前、また賭け事に金突っ込んだのか」
パーティリーダーの呆れた声。稼いだ報酬のほとんどを、賭け事に溶かしてしまう日々。装備の修繕費すら払えなくなり、仲間からの信頼は少しずつ削られていった。
「悪い、悪い。次はちゃんと勝つからよ」
軽口を叩きながらも、心のどこかでは分かっていた。自分がパーティにとって、お荷物になりつつあることを。それでも、賭け事から離れることはできなかった。カードを配られる瞬間の緊張感だけが、冒険で溜まった不安や恐怖を忘れさせてくれる、唯一の逃げ場だったから。
そして、半年前。
「悪いが、ルナ。今日でお前とは、ここまでにしよう」
リーダーの一言で、あっさりとパーティを追い出された。誰も引き止めなかった。当然だ。あたいがそうさせたんだから。最後に見た仲間たちの目には、怒りよりも、諦めの色の方が濃かった。荷物をまとめて宿を出る時、誰も見送りには来なかった。
それからは、この王都グランドールを転々としながら、日雇いの回復役として食いつなぐ日々。仲間と呼べる存在は、もうどこにもいなかった。夜、安宿の硬いベッドで一人天井を見上げるたび、かつての仲間たちの笑い声が、耳の奥で微かに蘇る。
今日は、明日から始まる『D〜Cランク合同大昇格試験』を控え、街中が浮足立っていた。景気付けにと足を運んだ酒場『金貨とダイス亭』は、いつも以上の賑わいを見せている。
そして今夜も、そのカードテーブルで、有り金全てを失ったところだった。
最悪の手札を引かされ、思わずテーブルを叩いて悪態をつく。周りのゴツい冒険者たちが、下品な笑い声を上げた。
「運がねぇんだから仕方ねぇだろ、お嬢ちゃん」
からかうような声に、ルナは唇を噛んだ。悔しさで頭を掻きむしりながら、あと一勝負すればきっと取り返せると、根拠のない確信だけが頭の中で渦巻いていた。
足元には、空になったコイン袋が転がっている。
「おいおい、あのヒーラー、また負けて一文無しになったのか?」
「腕は確かだって噂だが、重度のギャンブル狂いだからな……。どこもパーティーに入れてくれねぇんだよ」
周りの客たちが呆れ顔でヒソヒソと囁き合っているのが、嫌でも耳に入ってくる。その言葉の一つひとつが、古い傷を抉るように胸に刺さった。腕は確か、という評判だけは、今でも辛うじて残っている。だが、それも時間の問題だろう。こんな噂が広まり続ければ、いずれ誰も声すらかけてくれなくなる。
(分かってるよ、そんなこと。あたいが一番、分かってるっつーの)
額に青筋を立てて頭を抱えていたルナは、ハッと顔を上げ、店内を血眼で見回した。誰でもいい。今すぐ、種銭を貸してくれそうな相手を。
こんな浅ましい真似をしているのは分かっている。だが、あと一勝負すればきっと取り返せる――その根拠のない確信だけが、頭の中を支配していた。
そんな思考で店内を見渡した先に――一人の青年と、目が合った。旅装らしき質素な格好で、隣には弓を背負った少女と、長耳の少女が座っている。
(あいつ……見ない顔だな。よし)
その瞬間、ルナは既に椅子を蹴って駆け出していた。今夜の負けを、なんとしても取り返すために。
この時の自分は、まさかその青年が、これからの人生を大きく変える相手になるとは、思いもしていなかった。




