第67話『生還者の証言』
ガイウスから受け取った資料を手に、四人はギルドの酒場エリアへと足を運んだ。夕刻の酒場は、仕事を終えた冒険者たちの喧騒に包まれていた。
「変異個体と遭遇したパーティ、確かこの辺りで飲んでるって聞いたんだが……」
ルナが周囲を見回しながら呟く。
「あそこじゃないか?」
啓太が指差した先、隅の席に座る三人組の冒険者たちは、どこか陰のある雰囲気を纏っていた。他の客たちの賑やかな笑い声とは対照的に、彼らの周りだけ静けさが漂っている。
「すみません、少しお話を伺ってもいいですか。竜の穴の変異個体について調べているんですが」
啓太が声をかけると、リーダーらしき男が顔を上げた。頬には真新しい傷跡が残っている。
「……ああ、あの化け物のことか。聞かない方がいいと思うがな」
「危険は承知の上です。俺たちもいずれ、あの依頼に挑むことになるかもしれないので」
男はしばらく啓太を値踏みするように見つめた後、小さくため息をついた。
「座れ。話してやる」
四人が席に着くと、男は苦い表情でグラスを傾けた。手の甲にも、まだ新しい包帯が巻かれている。
「俺たちが遭遇したのは、第三十層付近だった。通常のドラゴン種とは明らかに違う――全身が黒く変色していて、瞳は禍々しい紫色に光ってた」
「紫色……」
シルフィが思わず息を呑む。
「動きも異常に速い。俺たちのパーティは五人いたが、まともに戦えたのは最初の数分だけだ。あとは、ひたすら逃げるだけだった。あんな絶望感、初めてだったよ」
男の隣に座る女性冒険者が、震える声で付け加えた。
「仲間の一人が、腕を持っていかれました。命は助かりましたけど……もう、冒険者は続けられないでしょうね」
その言葉に、リーネが息を呑み、思わず杖を握りしめる。ルナも表情を強張らせていた。
「奴の攻撃には、通常の魔物にはない『瘴気』のようなものが混じっていた。触れた場所が、じわじわと壊死していくような……あれは、只事じゃない」
「瘴気……何か原因があるということでしょうか」
啓太が尋ねると、男は首を横に振った。
「分からん。ギルドの学者連中も匙を投げてるって話だ。ただ、確実に言えるのは――今のBランク程度の実力じゃ、話にすらならないってことだ」
重い沈黙が四人を包んだ。
「それでも挑むつもりか?」
男の問いに、啓太はしばらく黙り込んだ後、静かに答えた。
「今すぐには挑みません。ですが、いつかは向き合わなければならない相手だと思っています。俺たちが商売をしているのもこの街ですから、放っておくわけにはいかない」
「……随分と義理堅いことだな。まあ、その心意気は嫌いじゃない」
男は少しだけ表情を和らげた。
「……なら、せめてこれを持っていけ」
男は懐から一枚の紙切れを取り出した。逃げる最中に描いたという、大まかな最深部付近の見取り図だった。所々かすれた字で、注意すべき地点にいくつか印がつけられている。
「役に立つかは分からんが、ないよりマシだろう。俺たちが二度と行かない場所の記録が、誰かの役に立つなら本望だ」
「ありがとうございます」
啓太は深く頭を下げた。仲間たちも揃って頭を下げる。
酒場を出ると、外はすっかり夜になっていた。冷たい夜風が、四人の頬を撫でていく。
「瘴気を纏った、黒いドラゴン……厄介な相手だな」
ルナが険しい表情で呟く。
「ああ。だが、少しずつ情報は集まってきている。焦らず、着実に準備を進めよう」
啓太は懐にしまった見取り図に、そっと手を添えた。
「わたしたち、きっと大丈夫ですよね……?」
リーネが不安げに啓太を見上げる。
「大丈夫だ。すぐに挑むつもりはない。しっかり力をつけて、万全の状態で向き合おう」
啓太の言葉に、リーネは少しだけ安堵した表情を見せた。
宿への帰り道、シルフィがぽつりと呟いた。
「さっきの人たち、腕を失った仲間のこと、すごく辛そうだったね……」
「ああ。俺たちも、絶対に他人事じゃない」
啓太は夜空を見上げながら、静かに続けた。
「装備も、連携も、まだ足りない部分がある。見取り図を頼りに、もう少し情報を集めよう。あと、瘴気への対策も考えないとな」
「瘴気対策か……解毒や浄化系の魔法、もっと磨いておいた方がよさそうだね」
シルフィの言葉に、ルナも頷いた。
「あたいも、ダイス頼みじゃなく、確実な回復手段をもう一つ用意しておくか」
宿に着く頃には、夜もすっかり更けていた。それぞれの部屋に戻る前、四人はもう一度、見取り図を囲んで確認し合った。
「今日集めた情報は、無駄にはしない。少しずつでも、着実に前へ進もう」
啓太の言葉に、三人は静かに、しかし力強く頷いた。
まだ見ぬ脅威の輪郭が、少しずつ明らかになっていく。
『クローバー』の挑戦は、確かな一歩を刻み続けていた。




