第6話『拠点確保と、木漏れ日亭の女将さん』
「よし! これで俺も晴れて冒険者(仮)だな」
受け取ったばかりの銅製のギルドカードをポケットにしまい、啓太は一安心の息をついた。
「おめでとうケイタ! これで一人前の冒険者の仲間入りだね!」
「ありがとな。あ、それとさっき借りた入門税」
啓太はさっきお釣りでもらった銅貨二枚をシルフィに手渡した。
「ん、確かに! サンキュー!」
「こちらこそ助かったよ。……で、シルフィ。一つ相談なんだけど、この街で『いい宿屋』って知らないか?」
啓太の問いかけに、シルフィは「ふふん」と胸を張った。
「宿屋探しならあたしに任せてよ!……で、ケイタはどんな宿がいいの?」
「できれば鍵がちゃんと施錠できて、清潔で、ご飯が美味しいところが理想だな」
「なるほどね! なら、絶対**『木漏れ日亭』**がオススメ! 女将のマルタさんの料理が絶品なの! 急ぎましょ、この時間だと満室になっちゃうかも」
「満室?」
「うん、旅の商人が多く来る時期だからね。良い宿から埋まっちゃうんだ」
その言葉に、啓太の中で危機感が芽生えた。
(満室か……。それなら急ぐに越したことはないな)
二人は賑やかなギルドを後にし、足早に『木漏れ日亭』へと向かった。
◇
大通りから少し離れた静かな一角に、その宿屋はあった。木製の温かみのある看板には『木漏れ日亭』と可愛らしい文字が刻まれている。
「マルタさーん! こんちはー!」
シルフィがガラリとドアを開けて中へ入っていく。1階は食堂になっており、香ばしいスープの匂いが充満していた。
「あらシルフィ、いらっしゃい。……ああ、ちょうど良かった。部屋のことなら、実はさっきから一悶着あってねぇ」
奥の厨房から姿を現したのは、肝っ玉母さんといった佇まいの女性――女将のマルタさんだった。その表情はどこか困り顔だ。
「一悶着?」
「実は残ってる部屋が最後の一部屋でね。さっきから、あの行商人さんと、ぶっきらぼうな冒険者さんが取り合っててさ」
マルタさんが視線を送った先には、カウンター越しに睨み合う恰幅の良い商人と、ムスッとした顔の若い冒険者がいた。
「俺の方が先に来たはずだ!」「いいや、あたしの方が先に声をかけたわよ!」
二人の言い争いは平行線を辿っている。マルタさんも困り果てている様子だった。
「あの……よかったら、僕が仲裁しましょうか」
思わず口を挟んでしまったのは、深夜のコンビニでレジ待ちの客同士がいがみ合った時の対応が、体に染みついていたからだ。
「え、いいの?」マルタさんが目を丸くする。
啓太は二人の間に静かに割って入った。
「お二人とも、順番のことで揉めてるんですよね。差し支えなければ、それぞれのご事情をお聞かせいただけますか?」
穏やかだが、有無を言わさぬ落ち着いた声色。まずは双方の言い分を平等に聞く――これもクレーム対応の基本だ。
商人は「明日の朝一番で隣街に発つから、静かな部屋で早く休みたい」と主張し、冒険者は「怪我をしていて、一刻も早く横になりたい」と訴えた。
「なるほど。……マルタさん、他に空いてる場所はありませんか? 物置とか、小部屋でも構わないので」
「そうねぇ……離れに、普段は使ってない小部屋が一つあるにはあるけど。狭いし、簡素だよ?」
「でしたら、僕がそちらの小部屋で構いません。お二人とも急ぎのご様子ですし、正規の部屋を譲ります」
「え、いいのケイタ!?」シルフィが驚いた声を上げる。
「ああ。俺は特に急いでないしな」
商人と冒険者は顔を見合わせ、拍子抜けしたように毒気を抜かれていた。
「……兄さん、悪いね。恩に着るよ」
「い、いや、俺もすまなかった」
二人はバツが悪そうに頭を下げ、それぞれ部屋へと案内されていった。
「ケイタってば、本当にお人好しなんだから……」
「まあまあ、これも処世術ってやつだよ」
啓太が笑うと、マルタさんが感心したように目を細めた。
「あんた、只者じゃないね。うちは離れの部屋代を半額にサービスするよ。それに、夕飯は奮発しちゃおうかね」
「ありがとうございます、助かります!」
夕食後、部屋に案内される道すがら、マルタさんがふと声を落として言った。
「そういえばケイタさん。この街、最近ちょっとキナ臭い話があってね」
「キナ臭い、ですか?」
「夜な夜な、商店の裏で物が消えるらしいんだよ。盗賊にしちゃあ手口が妙でね……。まあ、新入りさんが気にするようなことじゃないか。今日はゆっくりお休み」
マルタさんはそう言うと、笑顔で厨房へと戻っていった。
(物が消える、か……)
啓太はふと、あの元コンビニ店長としての勘が、小さく疼くのを感じていた。




