第5話『冒険者ギルドと、社会のルール』
「ここが『ラグナ』の冒険者ギルドだよ!」
シルフィに連れられてやってきたのは、木造二階建ての大きな建物だった。
重厚な扉を開けると、酒場と受付が一体になった広大な空間が広がっており、昼間から酒をあおるガタイのいい男たちや、装備を手入れする者たちで活気に満ちあふれている。
「じゃ、あたしはさっきのホーンラビットを換金してくるから、ケイタはあっちの受付で登録手続きしてきなよ!」
「おう、サンキューな」
シルフィと一度別れ、啓太は「新規登録」と書かれた木製看板のある受付窓口へと向かった。
窓口にいたのは、黒髪を綺麗にお団子にまとめた、事務員風の落ち着いた雰囲気の女性だった。
「いらっしゃいませ。新規の冒険者登録ですね?」
「はい、お願いします。宮内啓太です」
「かしこまりました。登録料として銀貨一枚になりますが……」
啓太はアイテムボックスから金貨一枚を取り出し、受付に出した。
「あ、金貨で支払えますか? おつりがあれば欲しいんですが」
「……! え、ええ、金貨ですね。問題ありません」
受付の女性が目を丸くしたのを、後ろで見ていた誰かが聞き逃さなかった。
「おいおい、Fランク志望のヒヨッコが、いきなり金貨かよ」
だみ声とともに、丸太のような太い腕をした大柄な冒険者が、酒臭い息を吐きながら啓太の肩に手を置いた。カウンターの隣で登録の順番を待っていたらしい。
「盗んだ金じゃねぇだろうな? え?」
からかうような口調だが、目は本気で値踏みするような色をしている。ギルド内の空気が一瞬にしてピリつくのが分かった。
(……面倒なタイプの客だな)
啓太の脳裏に、深夜のコンビニで絡んできた酔客たちの顔が次々とフラッシュバックする。だが、あの頃と違うのは、今の啓太には刃物を突きつけられる恐怖がないということだった。
「いえ、旅の路銀として神様からいただいたものです。何か問題でも?」
啓太はにこやかに、しかしはっきりとした声で答えた。オドオドせず、かといって喧嘩腰にもならない――クレーム対応で鍛えた「毅然とした低姿勢」だ。
「かみさま、だぁ? ハッ、頭沸いてんな新人が」
男が鼻で笑い、さらに顔を近づけようとした、その時。
「そこまでにしといたら? ガラムさん」
凛とした声が割って入る。受付の女性が、笑顔のままだが有無を言わさぬ圧を纏って男を見据えていた。
「ギルド内での新人への威圧行為は、規約違反ですよ。三回目の警告になりますけど、今度は本部に報告しますね」
「……チッ、冗談だっつーの」
ガラムと呼ばれた男は舌打ちをして、酒場のカウンターへと戻っていった。
「すみません、お見苦しいところを。ガラムさんは腕は立つんですが、少々血の気が多くて」
「いえ、慣れてますから」
啓太が苦笑いすると、受付嬢は少し驚いたような顔をした。
「慣れてる……?」
「前世――じゃなくて、前の仕事で、酔ったお客さんの相手はよくしてたので」
「ふふ、変わった経歴の方ですね」
彼女は手のひらサイズの銅製プレート――「Fランク冒険者証」を発行し、啓太に手渡した。
「では手短にご説明しますね。ギルドカードは身分証であると同時に自己責任の証。ランクを超える依頼の受注は禁止。街中での過度な私闘は禁止。そして三ヶ月依頼をこなさないと登録抹消。この四つだけ覚えておいてください」
「わかりました、ありがとうございます」
「……それにしても」
受付嬢は手元のカードと啓太の顔を交互に見比べながら、ふと呟いた。
「今の一件、あなた、まったく怯まなかったですね。それに――」
彼女は言いかけて、一瞬言葉を止めた。
「いえ、なんでもありません。またのご利用をお待ちしております」
(今の間は、なんだったんだ……?)
小さな引っかかりを覚えながらも、啓太は特に気にせず窓口を離れた。
「ケイター! お待たせー! こっちも換金終わったよ!」
無事に身分証を手に入れた啓太のもとへ、ホーンラビットを売ったお金を手にしたシルフィが走ってきた。
「お疲れさん。……そういえばシルフィ、さっきのガラムって人、有名なのか?」
「ああ、絡まれた? ごめんね、酒癖悪いだけで根は悪い人じゃないんだけど……。それより、受付のエマさんと何か話してた?」
「いや、別に。ただの登録案内だよ」
そう答えながらも、啓太の頭の片隅には、受付嬢――エマの、言いかけてやめた一言が小さく引っかかったままだった。




