第4話『はじまりの街』
「あそこに見えるのが、このあたりで一番大きな宿場町『ラグナ』だよ!」
シルフィが指さした先には、頑丈な石造りの外壁と、高くそびえ立つ立派な門が見えていた。
道中、ホーンラビットの件で真っ赤になっていた啓太だったが、眼前に迫る本物の「異世界の街」を目にして、思わず息をのんだ。
(うわ……テレビや映画で見た城塞都市そのまんまだ……)
門の手前には長い列ができていた。巨大な荷車を引く商人や、怪しいローブを纏った人物、そして獣の耳や尾を持つ者まで――実に多種多様な人々が行き交っている。
「ケイタ、身分証か身元を証明できるものはある? 入門税で銅貨二枚かかるけど」
「あー……身分証はないな。お金は……」
啓太はアイテムボックスから金貨を1枚取り出そうとして、ハッと手を止めた。
(待てよ、いきなり金貨なんて出したら『なんだコイツ』って怪しまれるか……?)
前世で培った「危機管理能力」が警告を発する。市場価格もわからない状況で大金をチラつかせるのは悪手だ。
「……ええと、身分証も現地のお金も持ってなくて」
「えっ、一銭もなしで旅してたの!? マジで!?」
シルフィは呆れたように頭を抱えたが、すぐに「はぁ、仕方ないなぁ」と自分の巾着袋を叩いた。
「あたしが身元保証人になって、入門税も貸してあげるよ。さっき助けようとしてくれたお礼! 街に入ったらギルドでホーンラビット売るから、そのお金で返してくれればいいからさ」
「助かる……! 恩にきるよ、シルフィ」
「へへっ、任せときな!」
順番が巡ってくると、強面の門番が二人を鋭い視線で見下ろしてきた。
一瞬ヒヤッとしたものの、シルフィが慣れた手つきで冒険者証を提示し、啓太の入門税を支払うと、門番は呆気なく横へ退いた。
「よし、通っていいぞ。身元保証人がいるとはいえ、街中で騒ぎを起こすなよ」
「はーい、分かってまーす!」
巨大な木製の門扉をくぐり抜けると、一気に喧騒が二人を包み込んだ。
「うわぁ……!」
眼前に広がっていたのは、活気に満ちあふれた異世界の市場だった。商人たちの威勢のいい掛け声が四方八方から飛び込んでくる。
石畳の道の両脇にはびっしりと露店が立ち並び、見たこともない色鮮やかな果物や、香ばしい肉の焼ける匂いが漂っている。犬や猫の耳を生やした獣人が元気に声を張り上げ、背の低いドワーフが露店で武具を並べ、優雅なエルフが薬草を選んでいる。
「すごいな……本当に異世界なんだな……」
啓太の胸が高鳴る一方で、視線は無意識に露店の並びや客の流れを追っていた。
(あの果物屋、目立つ場所なのに客が寄り付いてないな……陳列の高さが悪いのか、それとも……)
一年間、コンビニの売り場と睨めっこしてきた癖は、異世界に来てもそう簡単には抜けないらしい。
そんな職業病じみた観察をしていた、その時だった。
果物屋の主人が奥で品出しに気を取られている隙に、フードを目深に被った小柄な人影が、するりと露店に近づくのが見えた。
その手が、置かれていた巾着袋へと伸びる。
(あれは……!)
長年ワンオペで万引き犯と対峙してきた店長の目が、一瞬でその動きを見抜いた。堂々とした足取りに見せかけて、不自然に店主から視線を逸らし続けている――典型的な「盗みの動き」だ。
「――待った!」
啓太は考えるより先に声を張り上げ、駆け出していた。
フードの人物がビクリと肩を震わせて振り返る。あどけない顔立ちの、まだ十歳そこそこの少年だった。
「あ、兄ちゃんそこの巾着、店主さんが落としたやつだろ? 拾ってやろうとしてたんだよな?」
あえて逃げ道を作るように、啓太はにこやかに言った。少年は一瞬キョトンとした後、その意図を察したのか、慌てて頷いた。
「そ、そう! 落としたと思って!」
「気が利くな、偉い偉い」
啓太が少年の頭をポンと撫でると、少年は巾着を店主に慌てて突き返し、脱兎のごとく人混みへと消えていった。
「……今の、見てた?」あっけにとられていたシルフィが目を丸くする。
「まあな。前世でちょっと、こういうのを見る仕事してたんだ」
「へー……。捕まえないの?」
「腹が減ってやったのかもしれないだろ。それに、頭ごなしに怒鳴りつけても、また同じことを繰り返すだけだ」
啓太は肩をすくめながら、遠ざかっていく小さな背中を見送った。
(この街、活気はあるけど……ああいう子がいるってことは、それなりに事情がある街なのかもな)
「ケイタって、変わってるね」
シルフィがくすりと笑う。
「よく言われる」
「ふふん、ラグナは良い街だからね! さ、まずは冒険者ギルドに行って、お肉を換金しよ!」
二人は市場を抜け、ひときわ大きな木造の建物の前に辿り着いた。「ここが冒険者ギルド!」
シルフィが勢いよく扉を開けた。
その瞬間、中から怒号と笑い声が一斉に響き渡る。
「……思ってたより、ずっと騒がしいな」
啓太は思わず苦笑しながら、一歩足を踏み入れた。
だが、その喧騒の奥に漂う独特の空気――強さと弱さが剥き出しのまま入り混じった、この世界の「現実」の匂いに、啓太は無意識に背筋を伸ばしていた。
(コンビニの深夜とはまた違う種類の、修羅場の匂いがするな……)




