第59話『屋台戦争』
開店から一週間。『クローバー亭』の評判は日に日に高まっていた。
「今日も朝から行列だな」
啓太が仕込みを終えた頃には、既に数人の客が並び始めていた。油の匂いが漂うだけで、通りすがりの冒険者たちが足を止める光景も、すっかり見慣れたものになっている。
しかし好調な売上とは裏腹に、隣の屋台――強面の男が営む串焼き屋『鉄火亭』の視線は、日に日に鋭さを増していた。
「ちっ……新参のくせに、うちの客まで奪いやがって」
男が舌打ちする声が、風に乗って聞こえてくる。以前は繁盛していたはずのその屋台は、ここ数日、明らかに客足が減っていた。
「あの人、まだ機嫌悪いみたいだね」
シルフィが心配そうに小声で呟く。
「気にするな。うちはうちのやり方でやるだけだ」
啓太は表情を変えず、注文をこなしていく。だが、その日の昼過ぎ、事態は思わぬ方向に動いた。
「――おい、そこの唐揚げ、ちょっと味見させろ」
鉄火亭の男が、腕を組んで屋台の前に立った。周囲の客たちも、何事かと視線を集める。
「どうぞ」
啓太は動じることなく、揚げたての一つを紙に包んで差し出した。男は無言でかぶりつくと、しばらく黙り込んだ。噛みしめるように、二口、三口と食べ進める。
「……くっそ、うまいじゃねぇか」
「ありがとうございます」
「素直に喜んでんじゃねぇ! こっちは商売あがったりなんだよ!」
男の剣幕に、リーネが慌てて啓太の背中に隠れる。
「て、店長、大丈夫ですかぁ……!?」
「落ち着け、リーネ。話し合えば分かる」
啓太は男の目をまっすぐ見て言った。
「客の奪い合いをするつもりはありません。ただ、俺たちは俺たちの店を、精一杯やるだけです」
「綺麗事言いやがって……。じゃあ聞くが、この味、どうやって出してるんだ? うちの串焼きのタレとは比べ物にならねぇ旨味だぞ」
意外にも男の口調から、敵意より興味の色が強く滲んでいるのに啓太は気づいた。
「秘伝……というほどでもないですが、下味に使う香辛料の配合と、揚げ油の温度管理がポイントですね。あとは、衣の水分量も関わってきます」
「揚げ油の温度……? そんなの気にしたことねぇな」
男は腕を組んだまま、屋台をじっと見つめた。鍋の中で静かに泡立つ油や、几帳面に並べられた調味料の瓶に、値踏みするような視線を向けている。
「な、なんかこの人、思ったより悪い人じゃないかも……?」
シルフィが小声でルナに耳打ちする。
「かもな。それより店長、まさか手の内明かして大丈夫か? 商売敵だぞ」
ルナが心配そうに啓太を見るが、啓太は落ち着いた様子で答えた。
「別に隠すことでもない。俺たちの武器は味だけじゃなく、この四人の連携だからな。ノウハウ一つ知られたくらいで揺らぐような商売はしてない」
その言葉に、男は一瞬だけ驚いたような顔をした。それから、ふっと口元を緩める。
「……ふん。だったらこっちも、串焼きの味、もっと磨いてやるよ。負けてられねぇからな」
「望むところです。お互い、いい店を作りましょう」
啓太が右手を差し出すと、男は少し戸惑いながらも、その手を握り返した。
「……ゴードンだ。鉄火亭の主人だよ。この屋台街じゃ、十年選手だ」
「啓太です。よろしくお願いします、ゴードンさん」
ぎこちない握手を交わす二人を見て、リーネとシルフィが顔を見合わせて笑った。
「なんだ、結局仲良くなったんだね」
「ケイタさんの交渉力、すごいですぅ……」
「交渉というか、単に美味い飯には勝てなかっただけだろ」
ルナがからかうように笑うと、啓太も苦笑した。
「まあ、いがみ合うより、お互い高め合う方が建設的だろ」
その日の夕方、閉店準備をしていると、ゴードンから串焼きの差し入れが屋台に届いた。
「これ、味見してみろ。文句があったら言ってくれ」
串焼きを頬張ったリーネが、目を輝かせる。
「んん〜〜! これはこれで美味しいですぅ! 香ばしさが最高ですぅ! タレの甘辛さが絶妙ですぅ!」
「本当だ、すごく美味しい! ゴードンさんの串焼き、私も好きです!」
「あたいも一本くれ! ……おお、これは酒が進む味だな」
賑やかな声が屋台街に響き渡る。ゴードンは照れくさそうに頭をかきながら、去っていった。
小さな衝突から生まれた新しい繋がりに、啓太は温かい気持ちを噛み締めていた。
(異世界に来ても、商売の本質は変わらないな。良い品と、誠実な姿勢――それが信頼を生む)
翌朝、屋台に向かうと、ゴードンが自分の店の前を掃きながら声をかけてきた。
「よう、店長さんよ。今度、屋台街の連中で持ち回りの品評会があるんだが、お前らも出てみないか? 新参が場を荒らすのも一興だろうよ」
「品評会、ですか」
「街の名物料理を決める、年に一度の催しだ。優勝すりゃ、王都のガイドブックにも載る。悪い話じゃねぇだろ?」
思いがけない提案に、啓太は仲間たちと顔を見合わせた。
「面白そうだね! やってみようよ、ケイタ!」
「わたしも味見係として全力を尽くしますぅ! 優勝したら、もっと美味しいもの食べられますよね!?」
「気が早いな、リーネは。だが、悪くない目標だ」
「よし、なら乗るしかねぇな。せっかくの箔付けだ。あたいが景品交渉もやってやるぜ」
ルナが拳を握りしめて張り切る。啓太は苦笑しながらも、静かに頷いた。
「分かりました。参加します。……ゴードンさん、色々教えてくれてありがとうございます」
「礼を言われるほどのことじゃねぇよ。ただ、負けるつもりはねぇからな」
ニヤリと笑うゴードンに、啓太も同じ笑みを返す。
装備資金も、仲間も、そして街での繋がりも。
『クローバー』の日々は、着実に豊かさを増していくのだった。




