第56話『撤退の判断』
いくつかの階層を突破し、一行はついに目標だった第二十層へとたどり着いた。「ここが二十層……空気が今までと違うね」とシルフィが警戒するように周囲を見渡す。広大な空洞の中心に、巨大な岩の巣が鎮座していた。
啓太が息を呑んだ瞬間、巣の中から鈍く光る鱗に覆われた巨体がゆっくりと頭をもたげた。二本の角と、燃えるような紅の瞳。翼はまだ小さいが、体長は優に十メートルを超えている。
「――ドラゴン、それも幼体か」
「え、えぇぇ……! ダンジョン名の『竜の穴』って、まさかこういうことですかぁ……!?」
リーネが青ざめる。幼体とはいえ圧力は今まで戦ってきたどの魔物とも比較にならず、低く唸る咆哮だけで洞窟全体がびりびりと震えた。
「店長……どうする? あたいら、まだCランクだぞ」
啓太は短剣を握りながら、静かに敵を観察した。
(動きは緩慢だが、一撃の重さが違う。あの鱗、並みの武器じゃ傷一つつかないだろうな)
【強運】は今のところ発動していない。それが何よりの答えだった。
「――退くぞ。今の俺たちの実力じゃ、勝ち目がない。ここで無理をすれば全滅する」
「でも、せっかくここまで来たのに……」
シルフィが悔しそうに言う。
「逃げるのも立派な戦略だ。今日勝てなくても、いつか必ずここに戻ってこよう。今より遥かに強くなった状態でな」
ドラゴンの幼体がこちらに気づき、大きく息を吸い込む。
「来るぞ、退路を確保しろ!」
リーネが咄嗟に放った目眩ましの魔法が視界を煙で覆う。その隙に、四人は来た通路を全速力で駆け抜けた。背後で轟音とともに炎のブレスが空洞を焼き払う音が響いたが、幸い誰にも当たらなかった。
十九層まで戻り、荒い息を整えながら顔を見合わせた。
「はぁ……はぁ……マジで死ぬかと思ったぜ」
ルナが壁にもたれて座り込む。
「悔しいけど……今のあたしたちじゃ、まだ勝てないんだね」
「ああ。だが、あのドラゴンの姿は目に焼き付けた。次に来る時までの、明確な目標ができたと思えばいい」
「わたし、もっと強い魔法を覚えますぅ! 次こそは一泡吹かせてやりますぅ!」
「あたいも、ダイス技を磨いておくぜ」
「うん、あたしも弓の腕を磨く! いつか絶対、リベンジしよう!」
四人は疲れた表情の中にも、確かな決意を宿していた。
「今日のところは十層まで戻って、稼いだ素材を売り払おう。装備を整えて、いつかまたここへ挑もう」
「「「おうっ!」」」
『竜の穴』最深部の主は、まだ遠い。だが撤退という選択もまた、『クローバー』が着実に成長している証だった。




