第36話『鉱山への道と予期せぬ強襲』
ヴァルター補佐官からの理不尽な指名依頼を引き受けた翌朝。
啓太たちはフォレストピアの街を早くに出発し、目的の地である『ガルバ鉱山』へと向かっていた。
フォレストピアから北西へ徒歩で半日ほど進んだ場所にあるその鉱山は、かつて質の良い鉄鉱石が採掘されることで有名だったが、現在は魔物の出現によって作業が中断されているという。
「変異種の魔物、か……」
道中、啓太はギルドから手渡された資料を広げて確認していた。
元々その地域に棲息していた『アーマーベア』という巨大なクマの魔物が、何らかの理由で魔力を帯びて変異したものらしい。
外皮が鉱石のように硬質化しており、並の剣撃や矢では傷一つつけられない危険な存在だ。
「普通の攻撃が通らない硬さなら、間違いなくリーネの魔法が決め手になるな」
「はいっ! わたしに任せてくださいですぅ! どんな硬い皮でも吹き飛ばしてみせます!」
リーネがギュッと小さな拳を握りしめる。
「頼もしいな。でも、変異種ってことは動きのパターンが変わってたり、周囲に他の魔物を従えてたりするかもしれない。油断は禁物だよ」
シルフィが弓の弦の張りを確かめながら、鋭い視線を先方に向けた。
三人はすでに、Fランクの頃とは比べものにならないほどの緊張感と高い連携意識を身につけていた。
昼過ぎ、三人はゴツゴツとした岩肌が目立つ荒涼とした谷間へと辿り着いた。
かつての鉱山都市の名残である木造の施設や、廃捨て場となったトロッコの線路が打ち捨てられている。
「ここがガルバ鉱山……ずいぶん静かだね」
シルフィが周囲を警戒しながら足を止める。
風が岩肌を吹き抜ける音だけがヒューヒューと響き、生き物の気配が綺麗に消えていた。
だが、啓太の【強運】センサーが、チリチリとした警戒アラートを鳴らし始める。
(静かすぎる……まるで、何かが獲物を待ち伏せしているような……)
啓太がそう思った、まさにその時だった。
――頭上の崖の上から、轟音とともに巨大な岩塊が落とされてきた。
「危ないっ!!」
啓太の叫びと同時に、三人は左右へ飛び退いた。
ズドォォンッ!!
先ほどまで立っていた場所に巨大な岩が直撃し、激しい土煙と破片が巻き散らかされる。
「きゃああっ!?」
「ゴホッ、ゴホッ! いきなり崖の上から!? まさか、知能があるの!?」
煙を払いながらシルフィが上空を仰ぎ見る。
崖の上を見上げると、そこに蠢く巨大な黒い影があった。
体長四メートルを超す巨躯。全身を漆黒の鉱石のような甲殻で覆い、赤く光る二つの眼光が三人を見下ろしている。
間違いなく、目標の『変異種アーマーベア』――通称『グラナイトベア(花崗岩熊)』だ。
「グルオォォォォンッ!!!」
地響きのような雄叫びを上げると、グラナイトベアは躊躇なく崖の上から飛び降りてきた。
ドォォォンッ!!
衝撃波で周囲の木々や岩が揺れ動く。
着地と同時に、巨熊は驚くべき速度で前衛の啓太へと突進を開始した。
「速い……っ! あの巨体でそのスピードか!」
啓太は素早く大剣を構え、直撃を避けるように横へ転がった。
ドガァンッ!
啓太がいた場所の地面が、鋭い岩爪の一撃によってクレーターのように削り取られる。
「ケイタ! 今助けるよ! 『風射ち』!」
シルフィが素早く引き絞った弓から、強烈な風を纏った矢が放たれる。
矢は正確無比にグラナイトベアの首元へと命中した――が、
――キィィンッ!!
甲高い金属音が響き、矢は外皮に弾かれてあっさりと砕け散った。
「嘘……!? 弓が全然通らない……!」
「グルアッ!」
攻撃を仕掛けたシルフィへ向けて、グラナイトベアが巨躯を反転させる。
「しまっ――!?」
素早い方向転換に対応しきれず、シルフィが体勢を崩した。
鋭い爪が彼女に振り下ろされようとした瞬間――
「させないっ!!」
啓太が無我夢中で間に割り込み、大剣の腹で爪の一撃を受け止めた。
ガキィィィンッ!!
「ぐ、あああっ!?」
あまりの質量と力に、啓太の体が浮き上がり、そのまま数メートル後ろの岩壁へと吹き飛ばされた。
「ケイタさんっ!!」
「ケイタっ!!」
衝撃で背中を強く打ち付け、啓太の手から大剣が滑り落ちる。
(くそっ……なんて馬鹿力だ……! 腕の骨が折れたかと思ったぞ……)
視界がグラリと揺れる中、啓太は吐き気と痛みを耐えながら立ち上がろうとした。
だが、グラナイトベアは容赦なく、武器を失った啓太へと向かって大口を開け、飛びかかってくる。
絶体絶命――誰もがそう思う局面。
しかし、啓太の心には不思議な冷たさと集中力が満ちていた。
(絶体絶命のピンチ……? いや、違う。俺の【強運】は、こういう時こそ『本領を発揮』する!)
跳躍するグラナイトベアの口内――外皮で覆われていない、唯一の弱点が視界に飛び込んできた。
そして、啓太の足元に転がっていたのは……かつて鉱山で使われていた、古びた【大爆破用のダイナマイト樽(不発弾)】だった。
「リーネ!! 狙いは俺の足元の樽だ! 全力の一撃を叩き込めっ!!」
「え……!? でも、そんなことしたらケイタさんが――!」
「俺を信じろっ!!」
啓太の力強い叫びを受け、リーネの迷いが吹き飛んだ。
「……はいっ!! 『風の怒りよ、全てを穿て――ウィンドバスター』っ!!」
啓太から受け取った『高カロリー・スティックバー』の魔力を全て注ぎ込んだ、極大の風魔法が解き放たれる!
逆転の暴風が、鉱山全体を包み込むように吹き荒れようとしていた――。




