第35話『元店長の毅然たる交渉術』
「……なんだと? たかが底辺冒険者の分際で、私の提示を断るというのか!?」
ヴァルター補佐官の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に沸き立つ。
背後に控えていた重装騎士たちが、柄に手をかけジャラリと金属音を響かせた。
ギルドホール内に恐ろしい緊張感が走る。
他の冒険者たちが固唾を呑んで見守る中、啓太は顔色一つ変えずにたたずんでいた。
(前世でもいたよなぁ……『俺は客だぞ』『本社に言ったらお前なんか即クビだ』って怒鳴り込んでくる横暴なクレーマー)
啓太の心は、驚くほど冷静だった。
ここで感情的になって相手を殴れば、向こうの思うツボだ。「王都の官吏に暴行を加えた」として罪に問われ、パーティーは一発で解散、最悪牢屋行きになってしまう。
だが、卑屈になって要求を飲む必要も一切ない。
大切な仲間のリーネを売り渡すなんて選択肢は、ハナから存在しないのだ。
「ヴァルター補佐官とおっしゃいましたね」
啓太は姿勢を正し、相手の目を真っ直ぐに見据えて通る声で言った。
「まず第一に、冒険者ギルドの規約において、冒険者は個人の自由意思を持つ独立した存在です。他人が勝手に売買することなど不可能です」
「な……! 屁理屈を……!」
「第二に、ここは冒険者ギルドフォレストピア支部です。王国法およびギルド協定により、ギルド敷地内での武力による脅迫や強制的な取引は厳しく禁止されているはずですが?」
啓太はチラリと、奥に立つ巨漢のギルドマスターへと視線を送った。
ギルドマスターはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、重厚な足音を立てて前へと歩み出た。
「……そうですなぁ、補佐官どの。当ギルドの若いのが言う通りだ。たとえ王都の補佐官様であっても、ギルドの掟と王国法を無視してウチの冒険者を力ずくで連れ去るような真似をされちゃあ、冒険者ギルド全体を敵に回すことになりますぞ?」
「くっ……格下の分際で、生意気な口を……!」
ギルドマスターの威圧感と、周りの冒険者たちの殺気立った視線を受け、ヴァルターは思わず一歩後退した。
さすがの権力者も、冒険者ギルドという世界規模の組織と全面対決するリスクは冒せない。
ヴァルターは悔しそうに歯噛みし、青筋を浮かべながら啓太を睨みつけた。
「……いいだろう。ならば『仕事』として話をしてやる!」
ヴァルターはポケットから一巻の羊皮紙を取り出し、叩きつけるようにカウンターへ叩きつけた。
「我が領地の鉱山近くに出没した変異種魔物の討伐依頼だ! 期限は三日! この依頼を、貴様ら『クローバー』に指名で下してやる!」
「指名依頼……!?」
シルフィが驚きの声を上げる。
指名依頼は、本来実績のある高ランク冒険者に贈られるものだ。まだEランクになったばかりの『クローバー』に下すのは、明らかに異常だった。
「ふん、自慢の仲間とやらを守りたいのだろう? 冒険者ならば正当な依頼を拒否することはできん! もし拒否すれば、お前たちは依頼放棄のペナルティで冒険者資格を剥奪だ!」
ヴァルターは下劣な笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「そして……もし期限内に討伐できず失敗した場合も同様だ! 失敗の罰金として金貨百枚を支払ってもらう! 払えなければ……そこにいるエルフの女を借金の担保として身受けさせてもらうからな!」
「なっ……なんて卑怯な……! 一番上のランクでも厳しいような変異種の討伐を、Eランクのあたしたちに押し付けるなんて!」
シルフィが激怒して叫ぶ。
リーネも顔を蒼白にして、ブルブルと肩を震わせた。
「ケイタさん……わたしのせいで……ごめんなさいですぅ……」
「リーネのせいじゃないさ」
啓太は優しくリーネの頭を撫でると、冷ややかな視線をヴァルターへと向けた。
(典型的な『無理難題を押し付けて詰ませる』罠か。クレーマーがよくやる手口だな)
一見すると絶体絶命のピンチに見える。
断れば資格剥奪、受ければ失敗してリーネを奪われる……そうヴァルターは高く括っているのだろう。
だが、元コンビニ店長の経営的思考と、啓太自身の能力を考えれば、これはただの「チャンス」でもあった。
「分かりました。その指名依頼、お受けしましょう」
「「「ケイタ(さん)!?!?」」」
シルフィとリーネ、さらにはギルドマスターまでもが驚愕の声を上げた。
「ハハハッ! 聞いたか! 自ら罠に飛び込んでくるとはバカめ!」
ヴァルターが勝ち誇ったように大笑いする。
「だが、受諾するにあたって、こちらからも『正当な条件』を提示させていただきます」
啓太は静かに、だが力強く宣言した。
「指名依頼かつ高難易度の緊急任務である以上、成功時の報酬は『金貨五十枚』。そして、依頼達成の暁には、ヴァルター補佐官ご自身から、我がパーティーおよびリーネへの非礼に対する『公式の謝罪文』を出していただきます」
「なに……!? 成功報酬金貨五十枚だと!? 愚か者が、達成できるわけがないのに大口をたたきおって!」
「お受けいただけないなら、この依頼自体が『適正な契約条件を満たしていない不当な強制』としてギルドに異議申し立てを行います。どうされますか?」
啓太の完璧すぎる理詰めと強気の姿勢に、ヴァルターは一瞬気圧された。
「……フン! いいだろう、受けて立つ! どうせ三日後には泣き面で許しを乞うことになるのだからな! 行くぞ!」
ヴァルターは捨て台詞を残すと、重装騎士たちを率いて不機嫌そうにギルドを去っていった。
嵐のような男が去り、静まり返るギルド内。
「ケイタ! 本当に良かったの!? 変異種の魔物なんて、Cランク以上のパーティでも命がけなんだよ!?」
シルフィが心配そうに啓太の服を引っ張る。
「大丈夫だよ、シルフィ」
啓太はニッコリと、頼もしい笑みを浮かべた。
「相手は俺たちの本当の力を知らない。リーネの爆発的な超魔法も、俺の【強運】もな。……理不尽な圧力をかけてくる奴には、最高の成果で鼻を明かしてやるのが一番の返答さ」
「ケイタさん……!」
リーネの瞳に、感動の光が宿る。
「よし、二人とも! 三日以内に変異種をサクッと討伐して、金貨五十枚と謝罪文を分捕りに行こう!」
『おーっ!!』
元店長の交渉術でピンチをチャンスへと変えた啓太。
『クローバー』の三人は、Eランクとして初の大一番へ向けて、力強く立ち上がるのだった――。




