第34話『王都からの使者』
大量の『月光草』とグリーンウルフの素材を持ち帰った啓太たちは、フォレストピアの冒険者ギルドでちょっとした騒ぎを引き起こしていた。
「……信じられない。『月光草』がこんなに……!? しかも傷ひとつない極上品ばかりじゃないですか!」
依頼主である錬金術師組合の担当者は、目の前に並べられた銀色に輝く薬草の山を見て、泡を食ったように叫んだ。
「グリーンウルフの群れも短時間で完璧に処理されていますし……『クローバー』の皆さん、本当にEランクになりたてなんですか!?」
「えへへ、ケイタの探索カンと、あたしたちのチームワークの成果だよ!」
「はいっ! 錬金術師さん、約束通り報酬の上乗せ、期待してますねぇ〜!」
シルフィが誇らしげに胸を張り、リーネがちゃっかりとした笑顔でおねだりする。
結果として、基本報酬の大銀貨十五枚に加え、希少素材の特別ボーナスとして金貨二枚という破格の報酬が支払われることになった。
「すごいですぅ! 一日で金貨二枚なんて、前のパーティーにいた頃じゃ絶対に考えられなかったですぅ!」
「これでまた美味しい食材がたくさん買えるね、ケイタ!」
「ああ。二人とも本当によくやってくれたよ。……よし、約束通り今夜は豪勢にいこう!」
ギルドホールに響く三人の楽しげな笑い声。
周囲の冒険者たちも、もはや妬むことなく「あいつらなら当然だな」といった感心と尊敬の視線を向けていた。
だが――そんな温かい雰囲気を切り裂くように、ギルドの重厚な観音扉が重々しく開かれた。
カツン、カツン、と硬い革靴の音が静かなギルド内に響き渡る。
入ってきたのは、数人の重装騎士を従えた一人の老紳士だった。
上質なシルクの仕立て服に、胸元には鷲を模した金の刺繍――昼間、森の街道ですれ違ったあの豪華な馬車の主だった。
(……昼間の、王都の馬車に乗っていた人だ)
啓太は瞬時に警戒度を引き上げた。元店長としての経験上、この手の「いきなり取り巻きを連れてやってくる偉い人」は、ほぼ確実に面倒なトラブルを持ち込んでくるからだ。
騒がしかったギルドホールが、水を打ったように静まり返る。
「……ふむ。ここがフォレストピアのギルドか。相変わらず辺境らしい貧相な造りだな」
老紳士は不快そうに鼻を鳴らすと、手袋を嵌めた手でギルド内を見回した。
そして、受付カウンターへ歩み寄ると、受付職員へ一枚の羊皮紙を叩きつけるように提示した。
「王立都市行政院・第三補佐官のヴァルターである。ギルドマスターを出せ。急ぎの『指名特別依頼』だ」
「は、はいっ! ただいまギルドマスターをお呼びしてまいります!」
怯えた受付職員が慌てて奥の執務室へと走っていく。
「王都の補佐官……? なんでそんな偉い人がこんな田舎の街に来てるんだろう……」
シルフィが啓太の袖を少し引っ張りながら、ひそひそ声で尋ねてくる。
「さあな……だけど、あんまり関わらない方が良さそうだ」
啓太は小声で返し、二人に静かに下がるよう促した。
やがて、奥から厳めしい髭を蓄えた巨漢のギルドマスターが現れた。
「やあやあ、ヴァルター補佐官どの。わざわざこんな辺境まで出向いて来られるとは、一体どういったご風が吹いたので?」
「茶番はよい。時間がないのだ」
ヴァルターと呼ばれた老紳士は、冷淡な声で切り捨てた。
「我が領地の鉱山近くに、恐ろしい変異種の魔物が出没した。近隣の村を脅かしており、早急に討伐せねばならん。ついては、このフォレストピアで最も腕の立つ『Cランク以上の精鋭パーティー』を数組、王都の徴用権に基づき即座に出させてもらいたい」
「ほう……変異種ですか」
ギルドマスターは眉をひそめた。
「ですが補佐官どの。あいにく現在、当ギルドに在籍するCランク以上のパーティーは、ほとんどが遠方の大型討伐任務で出払っておりましてね。すぐに動けるのは一組か二組程度ですが……」
「ぬ何だと!?」
ヴァルターは顔を歪め、不機嫌そうに杖を床に突いた。
「使えん奴らめ! ではどうするのだ! 我が領地の損失が出たら、貴様らギルドは責任を取れるのか!?」
「……責任と言われましても、無い袖は振れませんからなぁ」
ギルドマスターは困ったように肩をすくめて見せるが、ヴァルターの怒りは収まらない。
苛立ちを募らせたヴァルターの視線が、ギルド内に残っていた冒険者たちへとなぶりつけるように向けられた。
「チッ……どいつもこいつも、使えなさそうなウジ虫どもばかりか」
その言葉に、ギルド内の冒険者たちが殺気立つ。
だが相手は王都の権力者と重装騎士。迂闊に手を出すこともできず、誰もが拳を握りしめて耐えていた。
そして――ヴァルターの冷酷な視線が、受付カウンターの近くにいた啓太たち『クローバー』の上でピタリと止まった。
「……ふむ?」
ヴァルターは眉をひそめ、啓太の隣に立つリーネをじろじろと品定めするように見つめた。
「そこの女……エルフか。……ふん、薄汚い冒険者の群れの中に、多少はマシな顔立ちのものがいるではないか」
「……えっ? わたしですかぁ?」
リーネがポカンと首を傾げる。
ヴァルターはニヤリと下劣な笑みを浮かべると、啓太たちの前に歩み寄ってきた。
「おい、そこの冒険者。そのエルフの女を私に売れ。王都の屋敷でメイドとして使ってやる。報酬として金貨十枚を出してやろう。お前たちのような底辺冒険者にとっては、一生遊んで暮らせる大金だろう?」
静まり返るギルド内。
シルフィの顔が怒りで真っ赤になり、弓の弦に手を伸ばそうとする。
リーネも不安そうに啓太の服の裾をギュッと握りしめた。
啓太は静かに一歩前に出ると、ヴァルターとリーネの間に割り込んだ。
前世のコンビニ店長時代、理不尽なイチャモンをつけてくる悪質クレーマーや、バイトの高校生をバカにする横暴な客を何度も相手にしてきた啓太だ。
この手の「権力を振りかざす身勝手な人間」の扱いには、嫌というほど慣れていた。
「お申し出ですが、お断りいたします」
啓太は一切の揺らぎもない、落ち着いた、だが冷徹な声で言い放った。
「彼女は俺たちの掛け替えのない『大切な仲間』です。金貨いくら積まれようと、売り渡すようなモノではありません」
「何……!?」
ヴァルターの顔が、屈辱と怒りで激昂に染まっていく。
「たかが底辺冒険者の分際で、私に口を答えるか……! 後悔させてやるぞ!!」
静かなバチバチとした火花が散るギルドホール。
啓太たちの新しいEランク生活に、最大の波乱の影が忍び寄っていた――。




